鵜野森村(読み)うのもりむら

日本歴史地名大系 「鵜野森村」の解説

鵜野森村
うのもりむら

[現在地名]相模原市鵜野森・相模大野(さがみおおの)一丁目・文京(ぶんきよう)一―二丁目・御園(みその)二丁目・同五丁目・若松(わかまつ)一―三丁目・同五丁目・東大沼(ひがしおおぬま)一丁目

南は上鶴間(かみつるま)村、北は淵野辺(ふちのべ)村、東は境(さかい)川を隔てて武蔵国森野(もりの)村(現東京都町田市)に対する。南西の相模野の端に沿って八王子道が東南から西北に通る。小田原衆所領役帳には幸田右馬助寄子長沢・井出「廿貫文 東郡矢部鵜森」とある。正保国絵図・元禄国絵図には「宇野森」と記す。

近世は初め幕府直轄領、寛永二年(一六二五)旗本永井領。畑がちで地味悪く、また境川の水害にも遭っている。元禄郷帳の村高三四石余に対し天保郷帳では一三一石余に増大している。安政六年(一八五九)六月の芝野反別取調御用状写(相模原市史五)によれば芝野二〇町歩で永二貫文を納めている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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