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鵜飼幸吉 うがい こうきち

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

鵜飼幸吉 うがい-こうきち

1828-1859 幕末の武士。
文政11年生まれ。鵜飼吉左衛門の長男。常陸(ひたち)水戸藩の京都留守居役助役として父をたすける。安政5年藩にくだされた戊午(ぼご)の密勅を江戸小石川の藩邸にとどけた。安政の大獄で幕府に捕らえられ,6年8月27日処刑された。32歳。名は知明。

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朝日日本歴史人物事典の解説

鵜飼幸吉

没年:安政6.8.22(1859.9.18)
生年:文政11(1828)
安政大獄で刑死した水戸藩士。諱は,知好,のち知明。通称は菊次郎,のちに幸吉。父鵜飼吉左衛門,母佐々木氏の長男。水戸藩独自の神発流砲術を学び安政2(1855)年,3年に武芸出精で表彰された。同3年2月,小十人組,京都留守居役手添,同4年京都留守居助役となり,京都留守居役の父を助けた。在京中は,志士や公家と交わり尊攘を唱えた。5年8月,日米修好通商条約を締結した井伊直弼政権打倒のために水戸藩に下された戊午の密勅を小瀬伝左衛門と変名し父に代わって江戸水戸藩邸に運んだ。密勅降下工作などのかどで死罪,獄門。刑宣告の際,冷笑したという。

(吉田昌彦)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典内の鵜飼幸吉の言及

【日下部伊三次】より

…8月8日,幕府の条約調印は遺憾であるという内容の密勅が発せられた(戊午の密勅)。水戸藩士鵜飼幸吉は,この密勅を東海道経由で,日下部はその写しを木曾路経由で,それぞれ江戸の水戸藩邸へ届けた。9月,鵜飼吉左衛門・幸吉から日下部にあてた書状が幕府に押収され,江戸で逮捕されたが,間もなく病没。…

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