鶴峰戊申(読み)ツルミネシゲノブ

世界大百科事典(旧版)内の鶴峰戊申の言及

【邪馬台国論争】より

…本居の邪馬台国九州説は,なお神功皇后とのかかわりから抜け切ってはいないが,《魏志倭人伝》に邪馬台国までの日程として記されている〈水行十日陸行一月〉とあるのを取りあげて,邪馬台国大和説に批判の目をそそいだのは,傑出した解釈であった。本居のこの論の及ぼした影響は大きく,鶴峰戊申や近藤芳樹らによって本居説は深められ,近藤は,さらに〈熊襲の類〉を,肥後国菊池郡山門郷とする新しい説を提唱した。こうした中で伴信友のみは,邪馬台国大和説を堅持して譲らなかった。…

※「鶴峰戊申」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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