日本歴史地名大系 「鶴歩町」の解説 鶴歩町かくほちよう 東京都:江東区旧深川区地区鶴歩町[現在地名]江東区木場(きば)三丁目仙台(せんだい)堀南岸に位置し、深川鶴歩(ふかがわかくほ)町とも称した。西は仙台堀と油(あぶら)堀を結ぶ枝川を挟んで大和(やまと)町、南は油堀を挟んで島田(しまだ)町、東が扇(おうぎ)町・木場町。大和町へ向けて大和橋が架かる。文政町方書上によれば、元禄一一年(一六九八)周辺の町同様に築地として開拓され、町人が買請けて所持していたが御用地となり、松平美濃守・永井伊豆守・土井周防守の屋敷地となった。しかし湿地帯で屋敷地として不向きのため三家とも返上し、宝永六年(一七〇九)・享保二年(一七一七)の二度平野(ひらの)町名主の平野甚四郎に土地が預けられた。甚四郎はこの約一万九千坪の土地を同八年百姓地にしたい旨を伊奈半左衛門に願出て許され、私費で四方に川除けの土手を築いて整備し平野新田と唱えた。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by