鶴福院町(読み)つるふくいんちよう

日本歴史地名大系 「鶴福院町」の解説

鶴福院町
つるふくいんちよう

[現在地名]奈良市鶴福院町

勝南院しようなみ町の東に所在。「奈良曝」に「町役廿七軒半。さるさわの池のひがしにいさゝかなる橋をわたり、夫より南へ行ば入口ニ又(ママ)き橋あり。此橋の南町なり。本元興寺一院の跡なり」とある。「多聞院日記」永禄一二年(一五六九)一月一九日条に「ツルフクヰンノあん」がみえるので僧庵があったものと考えられるが、元亀三年(一五七二)の諸納帳(成簀堂文庫蔵大乗院文書)に「ツルフクヰ、五郎四郎」の名が出ているので、当時すでに人家ができていたことがわかる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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