鶴脛柵跡(読み)つるはぎさくあと

日本歴史地名大系 「鶴脛柵跡」の解説

鶴脛柵跡
つるはぎさくあと

[現在地名]江刺市稲瀬 鶴羽衣

「陸奥話記」に、前九年の役で源氏・清原氏連合軍は安倍氏が拠った「鶴脛・比与鳥」の二柵を破ったとみえる。この鶴脛柵に擬定されている。「倉沢村安永風土記」「封内風土記」などには鶴脚館・鶴翼館と記され、館主不明としている。遺構北上高地が南東方に延びる丘陵末端に立地し、東館と西館の二郭からなる連郭式の城で、本丸は西館とみられ、本丸の東と南辺は土塁と堀で防御されている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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