鹿子村(読み)かのこむら

日本歴史地名大系 「鹿子村」の解説

鹿子村
かのこむら

[現在地名]佐賀市本庄町(ほんじようまち)大字鹿子

佐賀城下の南部に位置する。慶長絵図には「鹿子 高三千八百六十九石二斗五升八合」とあるが、これは鹿子村を中心に周辺の村々をも含んだ広範囲の地域をさす。文化一四年(一八一七)の郷村帳によれば鹿子上村(餅田・葉立)、鹿子下村(節田・宝尊)それに新村(正里)を含んでいる。

鹿子は鎌倉初期の海岸線と考えられ、戦国末期には竜造寺氏の本拠に近く、水ヶ江竜造寺氏の水(みず)ヶ江(え)城の近くでもあり、この地方の土豪が竜造寺氏の譜代家臣団を構成していた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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