竜造寺氏(読み)りゅうぞうじうじ

百科事典マイペディア「竜造寺氏」の解説

竜造寺氏【りゅうぞうじうじ】

戦国大名藤原秀郷(ひでさと)の一流と伝えるが不明。初代家が肥前(ひぜん)国竜造寺地頭職(しき)に補任(ぶにん)され竜造寺氏と称した。室町時代は少弐(しょうに)氏に属したが,戦国時代隆信が出て筑後(ちくご)・肥前まで進出し,島津・大友両氏と並ぶ勢力となった。1584年島津氏に敗れ,隆信は敗死。子の政家は病弱のため家臣鍋島氏が国事を代行,1607年竜造寺氏は絶家。

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旺文社日本史事典 三訂版「竜造寺氏」の解説

竜造寺氏
りゅうぞうじし

戦国・安土桃山時代武将の家
藤原秀郷の子孫ともいう。鎌倉初期,肥前国竜造寺荘の地頭となる。足利尊氏に属してを立て,のち少弐氏に属す。隆信のとき勢力ふるい,少弐時尚を破り肥前一国を領有し,島津・大友氏と鼎立したが,1584年島津家久に敗れ戦死した。その後勢力は衰え,家臣鍋島氏にその地位を奪われた。

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世界大百科事典 第2版「竜造寺氏」の解説

りゅうぞうじうじ【竜造寺氏】

肥前国佐嘉郡竜造寺(現,佐賀県佐賀市)を本拠とする中世武家。藤原秀郷流というが,諸説あって不明。秀(季)家が1186年(文治2)に竜造寺村の地頭職に任されて竜造寺を称する。弘安の役には家益が活躍し筑前・筑後にも勢力を拡大。南北朝期には家政が北朝方として活躍。室町時代には少弐氏に属する。戦国期には少弐氏に反旗をあげたため家兼が筑後に追われて,危機となるが,鍋島氏らに迎えられて佐賀水ヶ江城に入る。1546年(天文15)家兼の曾孫円月が還俗して隆信と称し,少弐氏を攻略して肥前の一大武将となる。

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世界大百科事典内の竜造寺氏の言及

【肥前国】より

…だが南北朝動乱の終結により,この一揆契諾は解消している。
[少弐氏から竜造寺氏へ]
 室町時代は大内氏の支援を受けた九州探題渋川氏と少弐氏の抗争の場となった。1497年(明応6)大内氏との戦に敗れた少弐氏は大宰府を追い出され,竜造寺氏の援助で肥前国を流浪しながら命運を保っていたが,1559年(永禄2)正月少弐冬尚が勢福寺城で敗死し,滅亡した。…

※「竜造寺氏」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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