鹿屋高牧野(読み)かのやたかまきの

日本歴史地名大系 「鹿屋高牧野」の解説

鹿屋高牧野
かのやたかまきの

鹿児島藩営の牧で、たんに高牧野とも称される。上名かんみよう村・中名なかみよう村のほか、一部新城しんじよう村にまたがり、総回り四里五町一一間(「鹿屋名勝志再撰帳」鹿屋郷土誌)。「三国名勝図会」は慶長三年(一五九八)垂水島津家以久の将川上忠実が朝鮮の役(泗川の戦)で奪った馬を放して父馬としたという記事を載せ、「鹿児島県畜産史」は一説として肝付良兼が開いたとする。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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