鹿島城跡(読み)かしまじようあと

日本歴史地名大系 「鹿島城跡」の解説

鹿島城跡
かしまじようあと

[現在地名]鹿島町宮中

鹿島神宮の西、鹿島台地が大船津おおふなつ低地へ突出する丘陵上にある平山城。吉岡よしおか城とも称する。現在は都市化が進み、本丸跡がわずかに往時の様子を物語る。

城主鹿島氏は常陸大掾氏の一門で、吉田次郎清幹の三男成幹が鹿島に拠って鹿島三郎と称して以来、当地に勢力を有した(常陸大掾系図)。治承五年(一一八一)三月一二日に鹿島政幹は源頼朝から神宮惣追捕使に任ぜられ(吾妻鏡)、この頃鹿島城に移ったと推定される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む