鹿沼城跡(読み)かぬまじようあと

日本歴史地名大系 「鹿沼城跡」の解説

鹿沼城跡
かぬまじようあと

[現在地名]鹿沼市今宮町・西鹿沼町

御殿ごてん山から坂田さかた山にかけて築かれた城郭。御殿山城・坂田城・亀城ともいう。正応五年(一二九二)鹿沼権三郎入道教阿が御殿山西方の標高一七〇メートルの坂田山に館を構えたのが起りという。その後、鹿沼地域を支配した壬生綱重が坂田山館を居城とした。その子綱房は天文元年(一五三二)に御殿山に城を築き、これが当城にあたるという。「押原推移録」によれば、本丸は東西四〇間・南北三八間、二の丸は本丸より五間低く東西四五間・南北七一間、三の丸は本丸より七間低く、東西一一間・南北五〇間であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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