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鹿野城 しかのじょう

日本の城がわかる事典の解説

しかのじょう【鹿野城】

鳥取県鳥取市鹿野町にあった平山城(ひらやまじろ)。戦国時代に尼子(あまご)久晴が攻めた城。鹿野城の築城年代は定かではないが、志加奴氏の代々の居城であった。戦国時代は、山名氏と尼子氏、次いで毛利氏による争奪戦がくり広げられた。鳥取城攻めの戦功によって1581年(天正9)亀井茲矩(かめいこれのり)が城主となり、戦国時代の城を近世城郭にした。亀井茲矩は進取の気性に富み、朱印船貿易や日光池の干拓、灌漑用水路の開削などにつとめ、城下は繁栄した。2代政矩(まさのり)のときに津和野に転封となり、亀井氏が居城したのは茲矩・政矩の2代37年間であった。その後、池田光政(いけだみつまさ)が入城し、光政の重臣日置豊前守忠俊(へきぶぜんのかみただとし)が在城したが、一国一城令により廃城になった。鹿野城には亀井茲矩が建てたオランダ櫓(やぐら)、朝鮮櫓などの他城にはない名称の櫓があったが、遺構は残っていない。山頂には天守閣跡があり、二の丸跡は鹿野城跡公園として整備され、昔のまま水をたたえた堀が残っている。JR山陰本線浜村駅からバス鹿野行、鹿野車庫前下車、徒歩5分。

出典|講談社日本の城がわかる事典について | 情報

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