麻布教善寺門前(読み)あざぶきようぜんじもんぜん

日本歴史地名大系 「麻布教善寺門前」の解説

麻布教善寺門前
あざぶきようぜんじもんぜん

[現在地名]港区六本木ろつぽんぎ五丁目

麻布竜土六本木あざぶりゆうどろつぽんぎ町の西にある門前町屋。片側町で、西は正信しようしん寺、南は麻布北日下窪あざぶきたひがくぼ町・飯倉六本木いいぐらろつぽんぎ町、北は道を隔てて日向延岡藩内藤家下屋敷。南方にある代地は東が讃岐多度津藩京極家上屋敷、西は長門長府藩毛利家上屋敷、南は麻布正信寺あざぶしようしんじ門前代地、北は同北日下窪町。教善寺は一千一二一坪余を拝領していたが、延宝六年(一六七八)類焼の際に一二一坪余を道路敷地に召上げられ、南方に離れて麻布日下窪町続きに代地を受けた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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