麻布北日下窪町(読み)あざぶきたひがくぼちよう

日本歴史地名大系 「麻布北日下窪町」の解説

麻布北日下窪町
あざぶきたひがくぼちよう

[現在地名]港区六本木(ろつぽんぎ)三丁目・同五―六丁目

麻布南日下窪町の北方にある町屋。区画は屋敷・寺社の入口や抱地で細断され、北に離れた区画もあり、ほかに拝領町屋敷も含む。これらの状況は既存の集落に遅れて武家地が浸透した有様を示すと考えられる。東は讃岐多度津藩京極家上屋敷・交代寄合戸川邸、相模小田原藩大久保家中屋敷など、道を隔てて西側は長門長府藩毛利家上屋敷(抱屋敷の囲込地あり)・豊前小倉新田藩小笠原家上屋敷(同上)、清徳(せいとく)寺・法典(ほうてん)寺・長耀(ちようよう)寺・朝日(あさひ)稲荷・竜興(りゆうこう)寺・飯倉六本木(いいぐらろつぽんぎ)町、北は麻布教善寺(あざぶきようぜんじ)門前、南は同代地。北方台地上、現外苑東(がいえんひがし)通北側の区画は、東が西丸小納戸長谷川邸、西が麻布深広寺(あざぶしんこうじ)門前代地、南が大久保家中屋敷、北は大行院。

町内総間数小間二八四間余。総坪数三千三九五坪余、うち年貢地二五二間余・二千九九四坪余、公役地三一間余・四〇一坪余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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