麻生堰(読み)あそうぜき

日本歴史地名大系 「麻生堰」の解説

麻生堰
あそうぜき

江戸時代土佐藩の執政野中兼山が新田開発のために築いたむら溝の取入口。うしろ川の水を左岸に分水するために築いた井堰で、長さ一六〇余メートル、幅一一メートル。中央部が下流に向かって湾曲する糸流し工法は兼山独特のものという。「皆山集」に「後ロ川を麻生村字ホキ口より西方藤村七夕に向ひ堰壅す、其長七十五間・高二間・幅六間、構造松木四ツ枠畳石」とある(明治一八年六月調査)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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