…黄筌は蜀(四川省)の人で,蜀滅亡後,宋都汴京(べんけい)に一族とともに赴き,ほどなく没した。子供の黄居寀(こうきよさい)(933‐?)・黄居宝らがその華麗な画風を継ぎ,それは北宋院体花鳥画の主導的様式となった。輪郭線で対象をくくり,色彩を塡(う)める〈鉤勒塡彩(こうろくてんさい)〉の技法と結びついた装飾的な花鳥画には,後世まで黄氏体の呼称が用いられる。…
※「黄居寀」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
中国のゴビ砂漠などの砂がジェット気流に乗って日本へ飛来したとみられる黄色の砂。西日本に多く,九州西岸では年間 10日ぐらい,東岸では2日ぐらい降る。大陸砂漠の砂嵐の盛んな春に多いが,まれに冬にも起る。...