北宋(読み)ホクソウ(その他表記)Běi Sòng

デジタル大辞泉 「北宋」の意味・読み・例文・類語

ほく‐そう【北宋】

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精選版 日本国語大辞典 「北宋」の意味・読み・例文・類語

ほく‐そう【北宋】

  1. 中国の王朝九六〇‐一一二七)。宋朝が靖康の変で金の圧迫により江南に移るまでをいう。趙匡胤太祖)が五代のあとをうけて建国首都は汴(べん)(=開封)。第二代太宗が中国を統一。集権的官僚制を樹立したが、遼・西夏・金の台頭により対外的にはふるわず、内政でも新旧両法党の党争により疲弊。士大夫・庶民の新文化が誕生した時代として重要。宋。

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改訂新版 世界大百科事典 「北宋」の意味・わかりやすい解説

北宋 (ほくそう)
Běi Sòng

中国の王朝。960-1127年。太祖趙匡胤(ちようきよういん)が建立し,開封に都を置いた。江南諸国と北漢をつぎつぎに平定し,太宗の初めに中国統一を成就し,君主独裁の中央集権体制を築いた。しかしつねに遼,西夏の圧迫をうけ,軍事費の膨張官僚の増加などで国家財政が窮乏した。その立直しのため,王安石の新法が断行されたが,保守派官僚らの反対で失敗に終わり,金の攻略をうけ,9主167年でいったん滅亡した。

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山川 世界史小辞典 改訂新版 「北宋」の解説

北宋(ほくそう)
Beisong

960~1127

太祖趙匡胤(ちょうきょういん)が建国し,都を開封に定めて以後,9朝168年間続き,の南侵で開封が陥落し,徽宗(きそう)欽宗(きんそう)が捕えられ皇統一時絶えるまでの時期をさす。直後高宗が再興して南宋が興る。

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百科事典マイペディア 「北宋」の意味・わかりやすい解説

北宋【ほくそう】

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旺文社世界史事典 三訂版 「北宋」の解説

北宋
ほくそう

宋(960〜1279)の前半期(960〜1127)。➡

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「北宋」の意味・わかりやすい解説

北宋
ほくそう

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世界大百科事典(旧版)内の北宋の言及

【宋】より

…中国に960年から1279年まで存在した王朝。1127年(靖康2)の靖康の変によっていったん滅亡したので,それ以前を北宋,以後の南遷して杭州に都した時期を南宋という。
【政治過程】
 後周世宗の武将であった趙匡胤(ちようきよういん)は,世宗の没後,部下の将兵に擁立されて皇帝となり,宋朝を開いた(960)。…

※「北宋」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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