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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…中国では六朝時代にすでに蟬雀(せんじやく)図などがかかれ,唐代には薛稷(せつしよく)や辺鸞(へんらん)が鶴,折枝花をかき有名であった。しかし独立の部門として本格的に成立したのは五代からで,蜀に黄筌(こうせん),南唐に徐熙(じよき)が出,花鳥画の二大源流をなした。黄筌と子の黄居寀(こうきよさい)らの黄氏体は,鉤勒塡彩(こうろくてんさい)法を用いて華麗な富貴さに特色があり,徐熙と孫の徐崇嗣らの徐氏体は,水墨と没骨(もつこつ)画法を取り入れて瀟洒な野逸さに特色があった。…
…中国の花鳥画に関する様式用語の一つ。五代の画家,黄筌とその一派に起源をもつ画風をいう。黄筌は蜀(四川省)の人で,蜀滅亡後,宋都汴京(べんけい)に一族とともに赴き,ほどなく没した。…
…火や水という不定形なモチーフを技法的に安定させたのも蜀の画壇である。黄筌一派の花鳥画も唐の遺風を伝える華麗で装飾的な画風で,北宋の院体花鳥画に大きな影響を及ぼした。 江南の地は,南唐の治下,繁栄を極め,繊細,優美な文化が展開した。…
… 花鳥画の分野では,北宋初期,宋に併合された蜀と南唐よりもたらされた2様式の対立が目だつ。それぞれ965年と975年に滅亡した蜀と南唐から黄筌(こうせん)様式(黄氏体),徐熙(じよき)様式(徐氏体)が流行した。蜀の併合が南唐の場合より10年早かったこともあって,当初は装飾的で豊麗な黄筌系の画風が優勢であったが,水墨画の発展,文人墨戯の盛行等の画壇の趨勢のなかで,徐熙の名声が黄筌を圧するようになる。…
※「黄筌」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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