米村(読み)よねむら

日本歴史地名大系 「米村」の解説

米村
よねむら

[現在地名]西郷村米

阿武隈川南岸、ほり川が合流する西にあり、東は白河城下北西熊倉くまぐら新田村、北の阿武隈川対岸は長坂ながさか村、南の小田倉おだくら村との境は入交じって判然としない。建武元年(一三三四)頃のものと思われる結城宗広知行所領注文案(伊勢結城文書)によれば、「結城上野入道々忠知行所領事」のうちに米村郷がみえる。天文一三年(一五四四)閏一一月一一日の鹿島景勝寺鐘銘(白河市鹿島神社蔵)に「大工 米村早山但馬守 清次」とみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む