アブー・ハーシム(その他表記)Abū Hāshim

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「アブー・ハーシム」の意味・わかりやすい解説

アブー・ハーシム
Abū Hāshim

8世紀初頭,ウマイヤ朝下,シーア派の分派であるカイサーン派のイマーム。父は同派の始祖のムハンマド・イブヌル・ハナフィーヤ。伝説によれば,ウマイヤ家の者に毒殺されたが,死に際してイマーム位をアッバース家 (→アッバース朝 ) のムハンマド・イブン・アリーに移譲したという。後年,アッバース家はイスラム国家の宗主としての正嫡性を主張して革命運動を推進,展開するにあたり,この事実を重要な支柱とした。

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世界大百科事典(旧版)内のアブー・ハーシムの言及

【イマーム】より

…反乱が鎮圧され,700年にムハンマドが没した後,カイサーン派の主流はムハンマドが隠れイマームとなり,最後の審判の日に地上に再臨して正義と公正とを実現すると説いた。他の者は,ムハンマドのイマーマは息子のアブー・ハーシムAbū Hāshim(?‐716)に伝えられ,彼は716年の死の直前,それをアッバース家のムハンマドMuḥammad b.Alī(?‐743)に譲ったと主張した。その後アッバース家の当主はイマームと称したが,サッファーフがカリフの位につくに及び,イマームという称号をやめた。…

※「アブー・ハーシム」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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