ムハンマド・イブヌル・ハナフィーヤ(その他表記)Muḥammad ibn al-Ḥanafīya

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 の解説

ムハンマド・イブヌル・ハナフィーヤ
Muḥammad ibn al-Ḥanafīya

[生]637頃.メジナ
[没]700. メジナ
イスラム史におけるマフディー (救世主) の一人で,その最初人物。第4代カリフ,アリーとハニーファ族の女性との間に生れた子。 685年,シーア派の一部を率いたムフタールは,彼を擁立し,彼をマフディー,自分をその世俗権力執行の代行者と称して一時的にクーファにシーア派政権を樹立した (→ムフタールの乱 ) 。以来,マフディー思想がシーア派運動のなかに取入れられるようになった。

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