イブラーヒーム・ベイ(その他表記)Ibrāhīm Bey

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「イブラーヒーム・ベイ」の意味・わかりやすい解説

イブラーヒーム・ベイ
Ibrāhīm Bey

[生]?
[没]1816. ヌビア
18世紀のエジプト軍人,政治家。マムルーク (トルコ系奴隷軍人) 出身。マムルーク軍団の一つ,ムハンマド軍団の長として 1773/4年からエジプト政界の中心人物となり,しばしばシャイフ・アルバラド (オスマン帝国支配下におけるエジプトの事実上の統治者) の位についた。 98年にナポレオンの率いるフランス軍のエジプト侵攻に抵抗し,シリア亡命。フランス軍の撤退後,ムハンマド・アリー政権が確立するまで上エジプトを支配したが,のちヌビアに退き,そこで没した。

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