お茶橋(読み)おちやばし

日本歴史地名大系 「お茶橋」の解説

お茶橋
おちやばし

[現在地名]秋田市牛島東六丁目

牛島うしじま村と仁井田にいだ村の境、猿田さるた川に架かる。かつては長さ一一間、幅四間の木製であったという。藩主の参勤交代時、橋上で諸士と茶を喫し別れを告げたので橋名となった。お茶屋橋ともよばれる。

初代藩主佐竹義宣が江戸に上る元和二年(一六一六)八月一〇日に「うし嶋迄御送ニ罷出候」(梅津政景日記)とあり、藩政最初期からお茶橋での慣習が生じたのであろう。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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