翻訳|custom
一定状況において個人が繰り返す特定の行動様式が習慣といわれるが、これに対して一社会に広く繰り返し行われる習慣的行動様式が慣習である。慣習は、モーレスおよび法と並べて社会規範を3種に分類する場合、行動様式に伴う価値原理とサンクション(社会的制裁)がモーレスほど確立しておらず、またもちろん法ほど組織化されていないものを総称する。慣習をこのように性格づけたのはサムナーとM・ウェーバーに共通する考え方だが、この区別においても基準は一つではなく複数あり、また実際の日常用語には雑多な使用法が多いので、慣習の内容は複雑である。たとえば、法解釈学では法を国家的規範に限って慣習を法にあらずとするが、法社会学、法人類学ではマリノフスキーのように慣習のなかに法的なものとそうでないものとを区別する。慣習とモーレスとの区別は、いっそう多様むしろ不鮮明である。だが比較的に概括する限り、慣習をモーレスおよび法から区別することは可能である。
この意味の慣習にも実際の態様、種類は多く、したがって観察の重点をどこに置くかによって、形態と呼称にはさまざまのものがある。たとえば、外面的な行動様式の特徴ないし特殊性に着目すれば慣行といわれ、それを一般的風俗とみて、しかも衣食住の基本的様式性に着目すると習俗、それらに心理的な慣れがあることを考慮すると風習、そしてその局部的で期間の比較的短いものは流行といわれる。また内心面を重視し、ものの考え方ないし価値観の傾向性をいうと風潮になる。慣行のうちでも行動の機会が特殊的であるものはむしろ慣例とよばれる。行事はそのような慣例の一種だが、社会の共同性、公共性の意味が強いので、むしろモーレスに属することになる。伝統は伝承される価値を是認するものであるからモーレスの一種だが、伝承的価値を否認されたものは因襲といわれ慣習に属する。
慣習は、もともと無自覚的に形成される個人習慣の社会的集積であるから、固有文化を安定的に伝えている比較的小さい社会で機能することが多く、概念的、合目的的な反省や組織化が意識して加えられることが少ない。その意味では、保守的性格を免れがたく、社会が拡大発展し進歩改革を図るには障害となることがある。そのような場合には、特殊な価値原理を意識的に護持しようとする倫理的ないし宗教的社会規範や国家目的を掲げる法規範からは、未熟でむしろ妨害的な社会規範として無視あるいは拒否される。しかし事実として、慣習と同調できない倫理、宗教、法律が実効性を欠くことは常識である。慣習は無自覚的に生成するだけに、一方では自覚的な発展や進歩を妨害するとともに、他方では人間の生が内包するエネルギーの表現形態として、社会で限界に逢着(ほうちゃく)した価値体系や制度を修正、超克する力の源泉でもある。
[千葉正士]
『W・G・サムナー著、青柳清孝・園田恭一・山本英治訳『現代社会学体系3 フォークウェイズ』(1975・青木書店)』
一つの社会もしくは特定の集団の中で,伝統または慣行として確立された標準的な行動様式をいう。ある程度皆に公認された社会的行動であるため,また永く続けられてきた習わしであるため,成員にとっては一種の規範性を帯びることになる。社会規範と同義とされることもある。個人の習わしとしての習慣habitとは区別される。習慣は,たんにその人独自の生活上のユニークな行動パターンであるにすぎないが,慣習は,大多数の集団成員に共通して見いだされる特徴的なふるまい方であって,合理的な根拠がない場合でも正当な行為型として皆に容認・支持される。衣・食・住のスタイルの決め方,挨拶・交際・贈答の仕方,冠婚葬祭を執り行う手順,商取引の習わし,実定法には規定されていない法的慣例(慣習法)など,慣習は生活様式(文化)のあらゆる側面に及ぶ。したがって慣習は,親族システムや地域社会などの基礎集団から,何らかの利益を求めて活動する二次的集団に至るまで,あらゆる集団において,その成員の社会的行動を方向づける重要な要因として機能する。集団内部で反復される常習行為としての慣習は,成員の行動に対してその規則性を維持するように拘束的な働きかけをすることが多い。そうした拘束に反した場合には,集団や他の成員から制裁sanctionが加えられることもある。
そこで,この拘束性・規範性の程度に応じて,慣習の三つの形態が区別されよう。その一つは,慣行usageである。それは,歩行における左側・右側通行のように,自然に決まった慣例的行動である。それに従えば集団での生活がスムーズに営めるという便宜的なものにすぎず,それに反しても当人が不便な思いをするか,不自然だという感じを抱くだけで,集団からの非難・制裁は受けない。第2は,W.G.サムナーのいう習俗folkwaysである。それは,集団で伝統的に適切な行動様式だと是認されている標準的・慣習的規範を指す。〈義理〉などはそれにあたる。皆が習俗を守ることで社会の福祉が達成されるから,それに背く場合には何らかの制裁が加えられる。ただしインフォーマルで,それほど厳しいものではない。もちろん法によって強制されることはない。成員が無意識的,自動的に守っている慣習だと言える。この習俗に,社会の福祉にとって真でありかつ正しいとする信条や見解が付け加わると,それは3番目の慣習としての習律(モーレスmores)になる。習律は,いわば道徳的な行動標準ともみなしうるものであり,成員はそれに情緒的にも反応する。それを遵守することが集団の維持存続にとって必須だと考えられているために,近親相姦の場合のように,違反者に対しては,かなり厳しい制裁が加えられる。そうした制裁としては,他の成員からの嘲笑・非難,仲間からの排斥などがある。習律が法的,制度的に強要されることはない。前近代社会では,慣習の規範性が大きい。
執筆者:浜口 恵俊
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…しかしfolkwaysの訳語として厳密に概念規定された用語として使われることもある。folkwaysはアメリカの社会学者W.G.サムナーの造語で,彼は慣習customを習俗folkwaysと良俗あるいは道徳的慣行moresとに分けることを主張した。彼によれば,生存の欲求を充足させようとする努力は試行錯誤の末に一定の行動方式を選択するようになり,習慣habitが生じる。…
…全体社会の下位集団たるもろもろの社会集団(家族,村落,職場,実業界等々)の各々の内部で,それぞれの歴史と実情に即した内容を持ち,独自の非組織的制裁に支えられている。徐々に自生的に生成,発展,衰退,消滅する慣習や習俗規範のみでなく,関係当事者間の個別的な合意や普遍妥当的な実定法規なども,上記のメカニズムによって支持されて,人々の日常的な行動を規定しているときは,生ける法といえる。このように,生ける法とは,社会の一般成員の日常の行動を現実に有効に規定する〈行為規則〉となっている行動型であり,規範的要素のみでなく事実的要素もその要件である。…
…不文法(成文法・不文法)の一種。例外的に実定法として扱われる場合もあるが,一般的には,権威の正統性も権力の組織性もまた法としての体系化・成文化も国家法ほど整わず,形態・性質は社会ごとに多様で,単なる慣習・慣行と区別しがたいことも多い。だが実際には,国家法の空白あるいは不備な部分を補充するだけでなく,国家法に反する慣行が国家法に優先して行われるほど実効性が強く,しかも権威とサンクションと管理機構を明確に備えている場合がある。…
…社会学の術語として,〈価値と規範〉というように価値という語と関連づけて説明されるのが通例であるが,その場合には,価値が一般的な望ましさの基準といった抽象度の高い,その意味で超越的,究極的なものを現すのに対し,規範はもっと具体的に特定状況のもとでの行為を指示するような基準にかかわる。規範は,(1)その違反に対して行使される処罰の性質がインフォーマルinformal(私的個人によって行使される処罰)か,フォーマルformal(国家権力によって行使される処罰)かの区分軸によって,慣習と法とに分けられ,(2)慣習はさらに,当該規範の拘束に対してこめられた集団感情が弱いか強いかによって,習俗(W.G.サムナーのいう〈フォークウェーズfolkways〉)と習律(サムナーのいう〈モーレスmores〉)とに分けられる。習俗は伝統とか世論のように拘束力の相対的に弱いものをさす言葉で,習律は個々人を拘束する力がもっと強く,道徳のように外からの強制力によるよりも内面的な自発性によって支えられているものをさす。…
…日本語としての習俗の語は一般には慣習とほとんど区別されずに用いられ,また使い分ける場合も区別はあいまいである。傾向としては習俗は慣習のうち宗教,信仰,儀礼などにかかわるものに用いられることが多い。…
※「慣習」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
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