ガウリー陰謀事件(読み)ガウリーいんぼうじけん(その他表記)Gowrie Conspiracy

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ガウリー陰謀事件」の意味・わかりやすい解説

ガウリー陰謀事件
ガウリーいんぼうじけん
Gowrie Conspiracy

1600年スコットランドで起ったとされる国王誘拐未遂事件。同年8月5日,国王ジェームズ6世 (のちのイングランド王ジェームズ1世 ) は,狩猟中に廷臣 A.ルースベン (初代ガウリー〈伯〉の3男) に誘われて,その兄の3代ガウリー伯ジョン・ルースベンのパース近郊の館に捕われたが,急を聞いて駆けつけた護衛兵がルースベン兄弟を斬り,王は事なきを得たというもの。この事件は王みずから公表したもので,しかも彼はルースベン家に多額の負債を負っていたことから,王が捏造したか仕組んだ事件と疑われている。

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