クストーザの戦い(読み)クストーザのたたかい(その他表記)Battle of Custoza

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「クストーザの戦い」の意味・わかりやすい解説

クストーザの戦い
クストーザのたたかい
Battle of Custoza

イタリア独立戦争において北イタリアのベロナ近くのクストーザで戦われた2度の戦闘。 (1) 1848年7月 23~25日,サルジニア王カルロ・アルベルトの率いるピエモンテ軍が J.ラデツキー元帥のオーストリア軍と戦って敗北。 (2) 66年6月 24日,ビットリオ・エマヌエレ2世の率いるイタリア軍とアルブレヒト大公の率いる8万のオーストリア軍が会戦前者に 8000,後者に 5600の死傷を出す激しい戦闘で,オーストリア軍が勝利を収めた。

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