サブーロフ(読み)さぶーろふ(その他表記)Максим Захарович Сабуров/Maksim Zaharovich Saburov

日本大百科全書(ニッポニカ) 「サブーロフ」の意味・わかりやすい解説

サブーロフ
さぶーろふ
Максим Захарович Сабуров/Maksim Zaharovich Saburov
(1900―1977)

ソ連政治家ドンバスドネツ炭田)の労働者の家庭に生まれる。1920年以来の共産党員。各種の党活動を経て、1938年にゴスプラン国家計画委員会)に入り、1941年同議長兼副首相となる。1944年国家防衛委員会に入る。1949年ふたたびゴスプラン議長、1952年党幹部会員、1955年第一副首相兼国家経済委員会議長の職につくが、1957年「反党グループ」事件(党第一書記フルシチョフの追放を策したモロトフ、マレンコフらが逆に「反党グループ」とされ、失脚)に連座し、公職を追放される。以後、政界から姿を消した。

[塩川伸明]

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