シャコタン場所(読み)しやこたんばしよ

日本歴史地名大系 「シャコタン場所」の解説

シャコタン場所
しやこたんばしよ

積丹半島の両端、北西の神威かむい岬と北東の積丹岬にわたる一帯、ほぼのちの積丹郡域に設定された場所。「シヤコタン持場」ともいう。その範囲は古くは西がラアムシケ(神威岬の東側付根)、東がフンヘモエ(婦美)であったが(場所境調書)、のち「東ノマナイより西シントコヲシヨライシ迄凡五り程」で(「西蝦夷地日記」文化四年八月二六日条)、シャコタン場所絵図(増田家蔵)ではフルウとの境がノナマエ(沼前)、ヒクニとの境がシケヲシヨラウス(女郎子岩)とする。「西蝦夷地場所地名等控」に惣名シヤコタンノナマイ、ポロナイ、トウマイヲタスツ、マツナ泊リ、ノツカ、ヲカムイ崎、「シヤコタン」、シボナイ、「クツタリシ」、ライケシ、ニトリシ、シマモイとみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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