スリランカ自由党(読み)スリランカじゆうとう(その他表記)Sri Lankā Freedom Party

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「スリランカ自由党」の意味・わかりやすい解説

スリランカ自由党
スリランカじゆうとう
Sri Lankā Freedom Party

略称 SLFPスリランカ政党。 1951年,S.W.R.D.バンダラナイケ統一国民党を離党して結成。シンハラ語の国語化や仏教重視など,シンハラ人優先主義政策を掲げる。 56年4月の総選挙では,独立以後政権の座にあった統一国民党を破り政権の座についたが,59年に党首のバンダラナイケ首相が暗殺された。 60年7月の総選挙でシリマボ・バンダラナイケ前首相未亡人を新党首として勝ち,与党となった。 65年3月の総選挙で大敗したが 70年5月の第7回総選挙では平等社会党,スリランカ共産党と左翼統一戦線を結成,中心政党として大勝利を収め,社会主義政策を実行してきた。 77年7月の総選挙では統一国民党に惨敗し,以後 94年までの 17年間政権から離れた。 94年8月の総選挙では第1党に返り咲き,同年 11月の大統領選挙でも勝ち,バンダラナイケの次女,チャンドリカ・バンダラナイケ・クマラトゥンガが大統領に,さらに母親のシリマボが首相にそれぞれ就任した。

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世界大百科事典(旧版)内のスリランカ自由党の言及

【バンダラナイケ】より

…1940年政治家のS.W.R.D.バンダラナイケと結婚。夫の死後,政治活動に入りスリランカ自由党の総裁に選出され,60年7月の総選挙に勝利し,世界で初の女性首相となった。65年に下野したが,70年にはトロツキストの平等社会党と共産党との統一戦線を組み,総選挙に圧勝した。…

※「スリランカ自由党」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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