日本大百科全書(ニッポニカ) 「キモトリプシン」の意味・わかりやすい解説
キモトリプシン
きもとりぷしん
chymotrypsin
脊椎(せきつい)動物の膵液(すいえき)中にあるセリンプロテアーゼ(タンパク分解酵素)の一つ。アイソザイム(イソ酵素)としてA、B、Cの3種があるとされてきたが、いまではAとBは同一とされており、Cは別の酵素に分類されている。Cの特異性はAよりも広い。これまでウシのキモトリプシンAがよく研究されている。膵臓でアミノ酸245残基の前駆体キモトリプシノーゲンAとしてつくられ、小腸に至って、トリプシンと既存のキモトリプシンによって、二つのジペプチドSer14-Arg15(セリル‐アルギニン)およびThr147-Asn148(トレオニル‐アスパラギン)が切り離され、241残基、分子量2万5310のα(アルファ)-キモトリプシンとなる。三つに切れたポリペプチド鎖1-13、16-146、149-245はジスルフィド架橋(S‐S架橋)でつながれている。α-キモトリプシンに活性化される途中の段階のものは、それぞれπ(パイ)-、δ(デルタ)-、γ(ガンマ)-などの名称がつけられており、同等の活性をもっている。別の遅い活性過程もある。至適pH(ペーハー)は8.0で、等電点は8.1~8.6である。1967年、X線結晶解析によって立体構造(三次構造)が決定された。分子の形は回転楕円(だえん)体では40×40×51オングストローム(Å)の大きさである。α-ヘリックス(ポリペプチド鎖がとりうる安定な螺旋(らせん)構造の一つ)が少なく、逆平行β(ベータ)-ひだ状構造anti-parallel pleated sheetが多い。
これまで活性部位にあるヒスチジンHis-57、アスパラギン酸Asr-102、セリンSer-195の三つのアミノ酸の側鎖の共同作用(電荷伝達系charge-relay system)によってペプチド結合(-CO-NH-)が加水分解(切断)されると考えられてきたが、His-57とAsp-102の間には水素結合はなく、His-57も中性付近にプロトン解離平衡をもつことがあることが明らかになり、Asp-His-Serは電荷リレー系としては働かないことが明らかになった。現在では、セリンプロテアーゼの活性中心にあるAsp-102とHis-57がSer-195のヒドロキシ基のプロトンを引き抜き、そのプロトンを基質に渡す酸塩基触媒として働き、Ser-195は基質のカルボニル炭素を攻撃してアシル化がおこると考えられている。この過程のAsp-His系はプロトンリレー系ともよばれている。
キモトリプシンは、チロシンやフェニルアラニン、トリプトファンなどの芳香族アミノ酸や脂肪族でも疎水性の高いロイシン、イソロイシンなどのカルボニル(C=O)側のペプチド結合をよく切る特異性をもち、アミドやエステル結合も切断する。セリン酵素に共通な阻害剤のDFP(ジイソピルフルオロリン酸)、PMSF(フェニルメタンスルフォニルフルオリド)、TPCK(N-トシル-L-フェニルアラニルクロロメチルケトン)などで不可逆的に阻害される。ただし、DFPは神経毒なので実験には使われなくなっている。放線菌がつくるキモスタチンでも阻害されるが、これはカルパイン、パパイン、カテプシンBなどのチオール(SH)酵素も阻害するのでその特異性は低い。同じ膵液の酵素であるトリプシンやエラスターゼと構造が似ているので、同じ祖先遺伝子から進化したものと考えられているが、その特異性は異なっている。
[野村晃司]