旺文社世界史事典 三訂版 「ゼンド朝」の解説
ゼンド朝
ゼンドちょう
Zend
18世紀イランの王朝
ゼンド族のカリーム=ハン(在位1750〜79)が建設。北東部のホラサーンを除く全イランを制覇。都シラーズを美しい建物で飾り,市民は彼の徳を謳歌した。死後,王位継承の争いで弱体化し,カージャール朝に滅ぼされた。
出典 旺文社世界史事典 三訂版旺文社世界史事典 三訂版について 情報
翻訳|Zend
出典 旺文社世界史事典 三訂版旺文社世界史事典 三訂版について 情報
→ザンド朝
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
→ザンド朝
「ザンド朝」のページをご覧ください。
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…〈ゼンド朝〉ともいう。イラン系ザンド族のカリーム・ハーンが建てたイランの王朝。…
※「ゼンド朝」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
ローマ法王ともいう。ラテン語 Papaの称号はカトリック教会首長としてのローマ司教 (教皇) 以外の司教らにも適用されていたが,1073年以後教皇専用となった。使徒ペテロの後継者としてキリスト自身の定...