メーザー(読み)めーざー(英語表記)Justus Möser

日本大百科全書(ニッポニカ) 「メーザー」の意味・わかりやすい解説

メーザー(マイクロ波増幅装置)
めーざー
maser

原子、分子の誘導放射の性質を利用してマイクロ波を増幅または発振させる装置をいう。microwave amplification by stimulated emission of radiation(電磁波の誘導放射によるマイクロ波の増幅、の意)の頭文字をとったもので、アメリカの物理学者C・H・タウンズ命名といわれる。1954年、アメリカで発明された。周波数(記号ν)、位相がきちんとした理想的な波が発生できる。メーザーはその後、同じ原理によるレーザー(ミリ波より短波長のもの)を生み出し(1960)、レーザー時代到来の基となった。

[井上久遠]

原理

原子(分子)系または物質系において、それがとりうる状態のなかで任意の二つの状態1、2を考え、それらのエネルギー、原子占有数をそれぞれE1E2E2E1)と、n1n2とする。この系と電磁波との相互作用の形態は、(1)自発放射、(2)誘導放射、(3)誘導吸収、の三つがある。いずれの場合でも、二つの状態で決まるある確率で、周波数ν=(E2-E1)/hhプランク定数)の電磁波を放射または吸収して同時に原子は遷移する。上の準位(状態)の原子が、電磁波の存在と無関係に自発放射する確率は光の領域では大きく、これによる発光が容易に観測されるのに対し、マイクロ波領域では発光は観測できない。自発放射の確率がν3に比例するためである。一方、(2)と(3)はともに電磁波に誘発されておこる過程で、確率はνの大きさに無関係である。また互いに逆の過程であるため、熱平衡状態にある系ではボルツマン分布にしたがって、低いエネルギー準位にある原子分布数のほうが多いn1n2であることを反映して、正味の現象としては(n1-n2)に比例した吸収のみしか観測されない。これに対して、高いエネルギー状態にポンピングを行うことによってn1n2反転分布。エネルギーの高い準位の原子分布数が低い準位より多い状態をいい、負温度分布ともいう)にした系では、誘導放射光(入射光と周波数も位相も同じである)として電磁波の増幅または発生が観測できる。これがメーザーの原理で、反転分布は、誘導放射を自発放射や吸収よりも著しく強くおこさせるための重要な条件である。

[井上久遠]

メーザーの種類と用途

メーザーはタウンズにより着想され、1954年にアンモニア分子の反転二重項状態間の遷移(νは約24ギガヘルツ)で初めて実現された。アンモニア分子ビームを不均一電場の中を通すことにより、上の準位の分子のみを選別して空胴共振器に入れマイクロ波の自励発振に成功した。その後、さまざまな系でメーザーが実現し、気体メーザー固体メーザーに大別されている。固体メーザーはルビーメーザーに代表されるがごとく、遷移金属イオンなどを含む常磁性結晶において、磁場印加により分離した電子スピンの副準位間の遷移を利用している。三つの準位を用いて強い電磁波照射によりその中の二つの準位間で反転分布を得る方法が一般的である。

 メーザーの特色は、発振器としては周波数安定性が抜群によく、増幅器としてはきわめて低雑音で増幅できることである。前者はアンモニア分子線メーザーや水素原子線メーザー(νは約1420メガヘルツ)などの気体メーザーにより周波数標準または原子時計に、あるいは高分解能の分光に利用されている。後者はおもに固体メーザーを用いて微弱信号観測のための増幅器として、電波望遠鏡や高感度レーダーに利用されている。なお、宇宙空間ではいろいろな分子で自然にメーザーが実現していると考えられ、それからの電波が観測されている。

[井上久遠]

『J・R・ピアース著、霜田光一・藤岡知夫訳『量子エレクトロニクス』新装版(『現代の科学5』1977・河出書房新社)』『大津元一著『レーザーと原子時計』(1986・オーム社)』


メーザー(Justus Möser)
めーざー
Justus Möser
(1720―1794)

ドイツの評論家、歴史家。法律学を学び、故国オスナブリュック司教領の検事、行政長官等の要職を歴任した政治家でもあった。若いころには合理主義哲学、啓蒙(けいもう)思想に親しんだが、政治実務について故国の実情を知るにつれ、経験的に個々の事物から得られる全体的印象を重んずるようになり、独自の伝統主義的、有機体的思想を抱くようになった。1763年イギリスに渡って強い印象を受け、その範に従って週刊新聞を発刊(1766)したが、それへの寄稿文を集めた『愛国的幻想』Patriotische Phantasien(1774~1786)では、農民、都市の伝統的法制度に深い愛着を込めた賞賛を呈して、絶対主義君主による改革を批判。その主著『オスナブリュック史』Osnabrückische Geschichte(1768~1824)は19世紀における歴史学の発達に強い刺激を与えた。保守主義、ロマン主義の先駆者という歴史的意義をもち、ヘルダー、ゲーテにも大きな影響を与えた。

[中村賢二郎 2015年4月17日]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「メーザー」の意味・わかりやすい解説

メーザー
maser

原子や分子の誘導放出を用いて電磁波の増幅発振を行う装置。 microwave amplification by stimulated emission of radiationの頭文字をつないで名づけられた。 1954年 C.H.タウンズが最初の発振に成功したアンモニア分子線を用いたメーザーや,水素の原子線による気体メーザーは周波数安定性がよく,周波数標準に用いられる。また,常磁性共鳴を利用したルビーなどの固体メーザーは低雑音増幅器として電波望遠鏡の初段増幅器に用いられる。反転分布の状態をつくるには気体メーザーの場合は,分子線や原子線に沿った集束電極または集束磁極を用いる。共振器としてはマイクロ波空洞共振器が使われる。のちにこれが発展して光を発振するものとなり,レーザーとなった。

メーザー
Möser, Justus

[生]1720.12.14. オスナブリュック
[没]1794.1.8. オスナブリュック
ドイツの評論家,歴史家。領主司教区オスナブリュックの種々の指導的地位につき,政治家としても活躍。国粋的な方向を目指す歴史観の代表者。ドイツ民族意識の発達にも影響を及ぼし,ゲーテらに尊敬された。主著『愛国的幻想』 Patriotische Phantasien (4巻,1774~78) ,『オスナブリュック史』 Osnabrückische Geschichte (2巻,68) 。

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