タウロッゲン協定(読み)タウロッゲンきょうてい(その他表記)Convention of Tauroggen

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「タウロッゲン協定」の意味・わかりやすい解説

タウロッゲン協定
タウロッゲンきょうてい
Convention of Tauroggen

1812年 12月 30日,フランス将軍 J.マクドナルに率いられたプロシア派遣部隊の指揮官 L.ヨルク将軍が独断でロシアと結んだ協定。この協定によりヨルク将軍は,モスクワから退却するフランス軍を追撃するロシア軍に中立の保障と領内通過を承認した。

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世界大百科事典(旧版)内のタウロッゲン協定の言及

【解放戦争】より

…1813‐14年にヨーロッパ諸国が連合してナポレオン1世の制覇体制を崩壊させた戦争。諸国民がフランスからの民族的な解放と独立のために戦ったので解放戦争とよばれるが,また諸国民戦争ともいう。 ナポレオンがモスクワ遠征に失敗し,追撃するロシア軍が1812年末ドイツ国境に接近したとき,プロイセンは,ナポレオン側に従軍していた自国軍隊の中立化をロシアに約束(タウロッゲンTauroggen協定),ついで13年2月ロシアと同盟を結んだ(カーリッシュKalisch条約)。…

※「タウロッゲン協定」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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