ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「デーバパーラ」の意味・わかりやすい解説
デーバパーラ
Devapāla
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…このときから西のプラティーハーラ朝,デカンのラーシュトラクータ朝と抗争してインドの覇権を争った。次のデーバパーラDevapāla(在位810ころ‐850ころ)まで王朝の繁栄は続いたが,その後プラティーハーラ朝などに押されて衰退し,領域内に新勢力が台頭した。11世紀初めにマーヒーパーラが一時再興したが,11世紀末にベンガルに建国したセーナ朝が強大となると,12世紀中ごろまでにビハールの小地域を支配していた王朝の後裔も滅びた。…
※「デーバパーラ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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