ドリボドブロウォルスキー(その他表記)Michael von Dolivo-Dobrowolsky

改訂新版 世界大百科事典 の解説

ドリボ・ドブロウォルスキー
Michael von Dolivo-Dobrowolsky
生没年:1862-1919

ロシアに生まれドイツで活躍した電気技術者。三相交流技術の完成者である。ペテルブルグに生まれた。リガの工業学校で機械工学などを学んだのち,ドイツのダルムシュタット工科学校で電気工学を勉強した。その後,ドイツ・エジソン社(のちのAEG社)に入った。イタリア人G.フェラリスの誘導電動機に関する考案を検討して,ドリボ・ドブロウォルスキーは三相誘導電動機を1889年につくった。同年に彼は三相変圧器を考案した。91年のフランクフルト博覧会では,彼が中心となって,三相交流約15kV,75kWの電力を170kmにわたって送るデモンストレーションが行われた。ここに,直流送電に対する交流送電勝利が確定し,長距離送電技術が確立したとされる。
執筆者:

出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

世界大百科事典(旧版)内のドリボドブロウォルスキーの言及

【電動機】より


【歴史】
 1821年にM.ファラデーが原理的な電動機を製作し,36年にアメリカのダベンポートT.Davenport(1802‐51)が直流電動機を作って電池の電力で旋盤を回したが,直流電動機が広く実用されるようになったのは,67年にE.W.vonジーメンスが,電池の助けをかりずに発電する自励式直流発電機を考案してからである。82年にはN.テスラが二相誘導電動機を考案し,85年にはG.フェラリスが分相形単相誘導電動機を考案し,M.ドリボ・ドブロウォルスキーは91年に三相誘導電動機を,93年に二重かご形誘導電動機を考案した。この間,交流電源としての同期発電機も単相,二相,三相の順に実用化された。…

※「ドリボドブロウォルスキー」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

今日のキーワード

カイロス

宇宙事業会社スペースワンが開発した小型ロケット。固体燃料の3段式で、宇宙航空研究開発機構(JAXA)が開発を進めるイプシロンSよりもさらに小さい。スペースワンは契約から打ち上げまでの期間で世界最短を...

カイロスの用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android