改訂新版 世界大百科事典 「バグラト朝」の意味・わかりやすい解説
バグラト朝 (バグラトちょう)
Bagrat
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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…また,東グルジアは7世紀後半アラブによって征服され,トビリシのアミールの支配を受けた。(2)バグラト朝の繁栄 政治的独立を目ざす新しい気運を担ったのは南西グルジアで,バグラト家のバグラト3世(在位975‐1014)は,国土の大部分を統一し,新王朝を開いた。バグラト朝は大諸侯の離反,ビザンティン,セルジューク朝トルコの侵入と戦いながら王権を保持した。…
※「バグラト朝」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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