パサロウィッツ条約(読み)ぱさろうぃっつじょうやく

日本大百科全書(ニッポニカ) 「パサロウィッツ条約」の意味・わかりやすい解説

パサロウィッツ条約
ぱさろうぃっつじょうやく

1718年、オスマン帝国セルビアのパサロウィッツ村Passarowitzでオーストリアおよびベネチアとそれぞれに締結した条約。オスマン帝国は1699年のカルロウィッツ条約でベネチアに割譲したペロポネソス半島とダルマチア海岸地方とを奪回するために、1715年にベネチア、オーストリアに宣戦を布告した。その結果、ペロポネソス半島を再征服したが、ペトロバラディンの戦いで敗北した。この条約で(1)バナト地方、セルビア北部、ボスニア北部をオーストリアに割譲、(2)ペロポネソス半島はトルコ領に留保、(3)アルバニアヘルツェゴビナの一部はベネチアの領有、などが決められ、オーストリアのバルカンにおける地位は強化された。

[永田雄三]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

半夏ともいう。七十二候の一つで,本来は夏至後 10日目から小暑の前日までをいったが,現行暦では太陽の黄経が 100°に達する日 (7月1日か2日) を半夏生とし,雑節の一つとして記載している。この頃半...

半夏生の用語解説を読む