日本大百科全書(ニッポニカ) 「ピントリッキョ」の意味・わかりやすい解説
ピントリッキョ
ぴんとりっきょ
Pinturicchio
(1454―1513)
イタリアの画家。本名ベルナルディーノ・ディ・ベット。ペルージアで生まれ、ペルジーノらについて画業を修め、故郷でしばらく仕事をしたのち、ローマに招かれてバチカン宮内システィナ礼拝堂の壁画を二面(『キリストの洗礼』と『モーセの旅』)制作した。これによって彼は教皇庁に認められ、サンタ・マリア・イン・アラコエリ聖堂やサンタ・マリア・デル・ポポロ聖堂などで重要な仕事をした。なかでも、1492年から95年にかけて手がけたバチカン宮内のボルジャ家の部屋部屋の壁画装飾は、とくに有名。そののち故郷に帰り、多くの壁画や祭壇画を制作、そして1502年にシエナに移り、13年に没するまで同地にとどまった。シエナで制作した作品のなかでは、大聖堂内ピッコローミニ図書館に描いた教皇ピウス2世伝の壁画が、彼の最高傑作として名高い。彼は華麗で装飾的な作品で人気を博したが、今日その芸術的評価はかならずしも高くはない。だが、その風俗描写には興味尽きないものがある。
[石鍋真澄]