建造物の壁面や天井に顔料で直接描いた絵画、あるいは予定した建築壁面のために描き、完成後そこに組み込まれたカンバス画や板絵をいう。主として建築や墳墓の装飾として発展したが、ラスコーやアルタミラの旧石器時代の洞窟(どうくつ)壁画や、タッシリ・ナジェールの岩壁画のような天然の岩面に描かれた絵、またモザイクやタイルなどによる壁面装飾も広義には壁画の一種ということができるであろう。作品の規模や質は異なるとしても、絵画のもっとも古い形として、ほとんどの地域と時代にわたって作例がみられる。
壁画はその目的および造形・技術面でも、それが描かれる建造物と密接な関係がある。古代には王宮や神殿、墓室の壁面を飾るモニュメンタルな作例が多い。古代エジプトでは玄室の壁画に優品が多数あり、メソポタミアでもテル・ハリリ遺跡のマリの宮殿などで発掘されている。エーゲ海地方では、クレタ島のクノッソス宮殿とサントリン島(ティラ島)のアクロティリ遺跡で発掘されたものが名高い。歴史時代の古代ギリシアの壁画は現存しないが、パウサニアスなどの文献によって、ギリシア建築も壁画で飾られていたことがわかる。アテネのアゴラにあったストア・ポイキレはポリュグノトス、ミコン、パナイノスの三大画家によるフレスコで美しく装飾されていたという。ローマ時代以前の古代イタリアでは、タルクィニアなどのエトルリアの都市で、壁画のある地下墓室が数多く発見されている。古代ギリシア絵画の反映を伝えるローマ時代の作例は、ベスビオ火山の噴火で埋没した二つの都市、ヘルクラネウムとポンペイから発掘されている。
初期キリスト教時代にはカタコンベに壁画が描かれ、中世においてもライヒェナウ修道院やサン・サバンの聖堂などにみられるように壁画制作は続いた。しかし、ビザンティンの聖堂ではむしろモザイクが盛んとなり、一般に中世には耐久性の乏しいセッコ技法で描かれたこともあって、保存のよい壁画は少ない。西洋絵画史上、壁画がもっとも重要な位置を占めた時代は、ジョットを先駆者とし、マサッチョ、ピエロ・デッラ・フランチェスカ、マンテーニャらを経てミケランジェロに至る「真のフレスコ」技法が隆盛したイタリア・ルネサンスである。ついでティントレットやベロネーゼに代表されるベネチア派の後期の画家たちは、壁に直接描くのではなく、油彩でカンバスの大画面に描く方法を採用するようになる。バロック時代のイリュージョニズムの天井画を最後に、西洋での壁画は衰退する。
東洋の壁画は、仏教遺跡と墳墓の墓室にみられる。墓室壁画の古い例は中国前漢時代にまでさかのぼる。アジャンタの石窟、敦煌(とんこう)石窟(千仏洞)などは壁画で著名な仏教遺跡である。なお、アフガニスタンのバーミアン石窟の壁画も著名であるが、2001年軍事勢力であるタリバン政権により磨崖仏(まがいぶつ)(摩崖仏)とともに破壊され、大部分が失われた。日本では高松塚古墳の墓室壁画、法隆寺金堂の壁画、平等院鳳凰(ほうおう)堂の扉板絵などが代表的作例である。わが国では建築構造や美意識の違いからか、建築壁面に固定された壁画は発展せず、それにかわるものとして、襖(ふすま)や屏風(びょうぶ)に描いた障屏(しょうへい)画がある。
壁画と建築の関係には実にさまざまな問題が含まれ、壁画の絵画空間と建築自体の空間との関係に焦点を絞れば、およそ次のようないくつかの類型があげられる。
単純に平面的な装飾画として壁面自体の平面性と一体化した壁画は、建築の空間構成を強調し明瞭(めいりょう)にする。開かれた窓あるいは扉のような効果を壁画で表現する方法はポンペイに例があるが、この方法を推し進めると、周囲の壁面をくまなく自然の景物で覆い尽くすことで建築を否定し、建築空間を変質させるような壁画も生まれる(サントン島の壁画や古代ローマのビラの壁画など)。石窟の仏教壁画や中世のキリスト教聖堂壁画は、見る者の立つ空間に働きかける絵画であり、ルネサンスの壁画は、想像力の世界を開く象徴的な窓である。そしてポンペイの開かれた扉の方法を、垂直方向の誇張した遠近法に変形させれば、バロックのイリュージョニズムの天井画となる。
[長谷川三郎]
『宮下孝晴著『フレスコ画のルネサンス――壁画に読むフィレンツェの美』(2001・日本放送出版協会)』▽『横山祐之著『芸術の起源を探る』(朝日選書)』▽『大野彩著『フレスコ画への招待』(岩波アクティブ新書)』
建築の内壁(外壁の場合もあるが,風雨にさらされて傷みやすいので例は少ない)に顔料を用いて描いた絵。西洋では古代メソポタミア(テル・ウケル,前3000ころ),東洋では漢代の中国,アジャンター(前1世紀以降)に初期の作例が見られ,日本では,5~7世紀の,いわゆる装飾古墳の壁面に彩色が施されている。垂直壁だけでなく,水平またはそれに近い天井ないしボールトの壁面の場合をも含み,また洞窟内の人工壁の場合(アジャンター,敦煌莫高窟,カッパドキアなど)もある。天然の岩面の絵(ラスコー,タッシリ・ナジェールなど)は壁画ではないが共通の問題をもつ。壁画をフレスコという人がいるが,これは不正確で,フレスコは壁画の諸技法の一つである。壁画の技法に関しては,古くは古代ローマのウィトルウィウス,大プリニウスなどの記述があり,中世にはテオフィルス,ビザンティン壁画の技法を伝えたアトス山の技法書などがあるが,とくに15世紀初頭のチェンニーニの《芸術の書》がよく知られている。インドにも古来〈シャド・アンガṣaḍ-aṅga(絵画六法)〉その他の技法論が伝わっており,伝統的な壁画技法がある程度知られている。
壁画の絵画としての特色は,タブロー,掛画,写本画などと違って,建築の部分を飾る不可動の絵画であることである。その場合,壁面の形は,窓などに妨げられぬ単一連続平面(アジャンター,高句麗やエトルリアの墓室壁画など),窓や柱で仕切られた方形構図(法隆寺など),さらに連続平面を線によって水平の層に区画する場合(古代エジプト,サン・サバンの教会堂など),同じく垂直に区画する場合(ライヘナウ修道院など),両者を兼ねる場合(パドバのスクロベーニ礼拝堂など)などがあり,特殊な例に格天井風(アジャンターなど),三角形状(ゴシック教会堂のボールト)などがあって,それぞれの特色ある構図のくふうがなされる。壁画は建築装飾であるため,一般に大型で,その位置,高さ,見る者との距離,見る角度,建築内部の明るさなどが問題となる。ビザンティンやロマネスクあるいは南北朝までの敦煌やキジル石窟の壁画などに見られる強い輪郭線や色彩の対照,人物画における誇張された眼,顔,手の表現,整理された衣文(ドラペリー)などは,壁画の表現力を強める効果をもつ。このような問題は同じ壁面装飾であるモザイク,さらにタピスリー,ステンド・グラスなどとも共通する。
壁画の歴史を通じてさらに重要な問題は,絵画空間と建築空間との関係である。古代ローマの壁画(ポンペイなど)の多くは,画面に透視図法,明暗法,短縮法などを用いて奥行きをつけ,壁面から先に空間が拡大しているような錯覚を与える。ポンペイでは,ときには扉が開いていてその奥にさらに室が続き,ときには窓が開いていて田園の風景がはるかかなたに続いていると感じさせる効果をもつ壁画が多い。この画法は中世に姿を消したあとルネサンスに復活し,さらにバロック時代には天井に垂直遠近法が用いられて無限の高天へと見る者の視線を導く(イリュージョニズム)。これと逆の画法は,壁画において遠近法を用いず,背景は抽象化され,人物(主として宗教像)は手前に向き,建築空間の内部にいる者に語りかけるような姿勢をとる。中世キリスト教壁画がそうであり,仏教やヒンドゥー教の壁画もそうである。この場合,絵画空間は手前に延びてきて見る者を包み込み,建築空間と合体するというべきであろう。
→障壁画 →天井画 →壁画運動 →壁画墓
執筆者:柳 宗玄
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…絵画は一般に,平面的な素地(基底材)supportの上に水,油などの媒材で溶いた顔料,または鉛筆,チョーク,パステル等の固形の画材によって,さまざまの形,色を配合してイメージを作り出していく造形芸術である。素地としては紙,羊皮紙,牛皮紙,麻布(キャンバス),絹布,板,ガラス等のほか,壁画や襖絵の場合のように,壁,天井,建具などの建築の一部が用いられることがあり,また壺絵,蒔絵,染織等のように工芸品も用いられる。そのためモザイク,ステンド・グラス,タピスリー(壁掛綴織),陶器,家具,什器などの装飾も,広い意味で絵画に属すると考えられることがある。…
…仏画はその目的や用途に応じて形式を異にし,素材も選択される。
[形式]
(1)壁画 (a)土壁 インドのアジャンターやバーミヤーン壁画が古く,中央アジアのミーラーン,キジル,アスターナやベゼクリク,中国への入口の敦煌千仏洞など,現存する壁画のほとんどが石窟寺院内の壁画である。文献によれば,南北朝時代には木造寺院にも壁画がみられ,唐代になって隆盛をきわめる。…
…ポリュクレイトスやプラクシテレスらの原作ばかりでなく,厳格様式の原作やエジプト彫刻を模した作品もあり,それらによって,ローマ人の美術に対する各時代の好みと,今は失われたギリシア彫刻を知ることができる。
【絵画】
ポンペイが埋没するまでのローマ絵画の変遷は,おもにポンペイ遺跡の壁画によって判明している。ポンペイの壁画および壁面装飾は前3世紀末から後79年まで4様式に区分されている。…
※「壁画」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
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