カトリック教会の首長たるローマ教皇を補佐して、全カトリック教会を統治する中央機関。同時にバチカン市国の行政府でもある。法王庁、聖庁ともいう。
その起源は、ローマ在住の聖職者のなかから教皇の補佐役が選ばれたところにあり、やがて11世紀にはその役割は枢機卿(すうききょう)が担うところとなった。この枢機卿会の権限や規則が明確化され、教会統治のための諸機関が設けられたところに、現在の教皇庁の原型が形成された。とくに16世紀のシクストゥス5世Sixtus Ⅴ(1520?―1590)による組織の整備は教皇庁の発展史上重要であり、そこで定められた枢機卿を長とする聖省の制度は、その後長い間、基本的機構として保たれてきた。20世紀初頭のピウス10世による改組は、聖省を整理統合し、裁判所と事務局を整理するもので、1917年の教会法典により確認され、その後の半世紀間の基本線を定めた。第二バチカン公会議後の1967年にはパウロ6世(パウルス6世)により機構が「現代化」され、さらに1988年ヨハネ・パウロ2世(ヨハネス・パウルス2世)による改組により、次のような機構となった。
国務省は従来、諸官署の末尾に位置づけられていたものであるが、パウロ6世の改革により教皇庁機構の筆頭にあげられ、1988年以降は内部を総務局と外務局に分けた。省の長は国務長官枢機卿であり、その任務は、教皇の意を体して教皇庁全機構を統率することにあり、また外交関係もつかさどる。
枢機卿を長官とする次の9省が中央行政機関として置かれた。(1)教理省(従来の検邪聖省にあたるが、その任務の重点は、異説・異端の審査から信仰の奨励へと移されている)。(2)東方教会省。(3)司教省(従来の教区聖省、枢機卿会議聖省にあたる)。(4)典礼・秘蹟(ひせき)省(典礼、秘蹟の2省が合併して成立した)。(5)列聖省。(6)聖職者省(従来の公会議聖省にあたる)。(7)奉献・使徒的生活会省。(8)教育省。(9)福音宣教省。
最高の裁判権を有する教皇を補佐するものとして、最高裁判所、控訴院(ロータ)、内赦(ないしゃ)院が置かれた。
秘書局としての実務を担当する諸官署のうち、従来の尚書院、掌璽(しょうじ)院は廃止され、1988年以降は財務局、会計局(教皇空位期間事務局)、管財局が設置された。
これらの諸部門のほかに、評議会として、信徒評議会、キリスト教一致推進評議会、諸宗教評議会、正義と平和評議会、家庭評議会、開発援助促進評議会、移住・移動者司牧評議会、保健従事者評議会、法文評議会、文化評議会、広報評議会が設置され、時代の要請にこたえようとする教会の姿勢を示した。
[梅津尚志]
1988年にヨハネ・パウロ2世は使徒的憲章『パストル・ボーナス』を発布し、ローマ教皇庁内の組織を改変したが、2代後の教皇フランシスコは2022年に使徒憲章『プレディカーテ・エバンジェリウム』(2022年6月5日発効)を発布し、教皇庁組織をさらに次のように再編成させた。これにより、フランシスコによる約10年にわたる改革が実を結んだとされる。この改革は、第二バチカン公会議(1962~1965)の精神に基づき、教皇庁の主要機能を福音宣教とし、またそこに一般信徒も役割を担うことを目ざしている。それゆえ筆頭省も、これまでの「教理省」から教皇自らが長官を務める「福音宣教省」に変わった。
新組織は、(1)国務省、(2)省、(3)法務機関、(4)財務機関、(5)部局、(6)弁護士、(7)聖座関連機関の七つに分類され、これまで11あった評議会は統廃合、あるいは単一の省とされた。これにより省の数は9から16に増えた。またこれまで「関連機関」に分類されてきた教皇慈善活動室は「教皇庁支援援助省」として、省に昇格した。
新組織における省は、福音宣教省、教理省、教皇庁支援援助省、東方教会省、典礼秘跡省、列聖省、司教省、聖職者省、奉献・使徒的生活会省、いのち・信徒・家庭省、キリスト教一致推進省、諸宗教対話省、文化教育省、総合人間開発省、法制省、広報省の計16省である。
従来の評議会は、以下のように統廃合された。
信徒評議会→いのち・信徒・家庭省
キリスト教一致推進評議会→キリスト教一致推進省
家庭評議会→いのち・信徒・家庭省
正義と平和評議会→総合人間開発省
開発援助促進評議会→総合人間開発省
移住・移動者司牧評議会→総合人間開発省
保健従事者評議会→総合人間開発省
法文評議会→法制省
諸宗教対話評議会→諸宗教対話省
文化評議会→文化教育省
新福音化推進評議会→福音宣教省
[光延一郎 2023年8月18日]
国務省は、教皇の使命遂行を補佐する。長官の指揮下に総務局、外務局、外交官人事局の3つの部局が置かれた。
[光延一郎 2023年8月18日]
福音宣教省は、教皇が長官として直轄し、全世界での宣教とその体制に関する根本的な問題に取り組み、初期の宣教と新しい部分教会への同伴と支援に当たる。
教理省は、全世界に福音を告げ知らせる教皇と司教たちを助け、信仰と道徳に関するカトリック教会の教義の促進と保護に努める。同省は「教理部門」と「規律部門」の二つのセクションに分けられた。
教皇庁支援援助省は、ローマ教皇の名によって全世界で貧しい人や弱い立場に置かれている人、疎外されている人の支援と援助に当たる。
東方教会省は、東方典礼のカトリック教会に関する案件を扱う。
典礼秘跡省は、第二バチカン公会議によって始まった刷新に従った聖なる典礼を促進する。
列聖省は、列福と列聖調査に関するすべての事案を扱う。
司教省は、ラテン典礼カトリック教会の部分教会の設立や裁治権者の任免を担当する。
聖職者省は、教区司祭や助祭の身柄や司牧奉仕の実り多い実践に必要な案件を扱う。
奉献・使徒的生活会省は、教会の奉献生活の会と使徒的生活の会を通じて、福音的勧告に従って生きる実践を促進・奨励・調整する。
いのち・信徒・家庭省は、信徒使徒職、青少年司牧、家庭司牧と神の計画に従ったその使命、高齢者司牧、いのちの促進と保護の価値をより高めるために働く。
キリスト教一致推進省は、キリスト教の一致を再構築するために、カトリック教会内や他教会や教会共同体との関係での超教派の責務の実現に向けた適切なイニシアティブと活動に専念する。
文化教育省は、キリスト教的文化人類学の観点から文化の促進や文化遺産の価値の向上に努め、学校やカトリック高等教育機関での教育における基本原理の発展を担う。
総合人間開発省は、人間開発と神から与えられた人間の尊厳、基本的人権、健康、正義と平和の促進のために働く。おもに経済や労働の問題、被造物と「共通の家」としての地球や移住の事象、人道上の緊急事態に対応する。
法制省は、教会法の理解と受容の促進・普及に努め、正しい適用のための支援を行う。
広報省は、使徒座の広報機関全体を統括する。広報システム全体が教会の宣教の使命の必要に即した方法で、現代とデジタルメディアの発展を背景にして機能することを目ざす。
[光延一郎 2023年8月18日]
内赦院は、教皇庁の裁判所の一つで、赦(ゆる)しの秘跡や贖宥(しょくゆう)(教会の与える罪の償いの免除)に関する問題を扱う。使徒座署名院最高裁判所(最高裁判所)は、教会の最高裁判所として機能し、さらに教会行政権に関する管轄権の抵触を取り扱う。ローマ控訴院は、上訴受理のために教皇によって設けられた通常裁判所。
[光延一郎 2023年8月18日]
財務機関としては、ローマ教皇庁の組織や聖座に関連する組織の運営管理と財政面の機構と活動を監督する財務評議会、財務事務局、使徒座管財局、監査室、機密保持委員会、投資監査院が置かれている。
[光延一郎 2023年8月18日]
教皇公邸管理部、教皇儀典室、教皇空位期間管理、聖座弁護団、バチカン文書館、バチカン図書館、聖ペトロ大聖堂管理部、考古学委員会、教皇庁科学アカデミー、教皇庁社会科学アカデミー、教皇庁生命科学アカデミー、カトリック大学・学部の評価機関、財務情報監視局が置かれている。
[光延一郎 2023年8月18日]
『P・プパール著、小波好子訳『バチカン市国』(1979・中央出版社)』▽『上智学院新カトリック大事典編纂委員会編『新カトリック大事典』全6冊(1996~2010・研究社)』▽『マシュー・バンソン著、長崎恵子・長崎麻子訳『ローマ教皇事典』(2000・三交社)』
教皇の名でカトリック教会の統治にあたる行政機構の総称。法王庁,聖庁ともいう。
教皇庁は本来教皇の御付司祭とローマ近隣の司教たちから成っていたが,教会の発展とともに拡大,分化し,11世紀からローマ教皇庁Curia Romanaと呼ばれるようになった。パウルス6世による改革(1967)直前までは,12の聖省と三つの裁判所(赦免院,控訴院,大審院)と五つの官署(教皇官房庁,聖職禄の配分などを扱う教皇授恵庁,教皇財務庁,国務省,文書書簡庁)を中心に構成されていた。聖省は16世紀に作られたものが多いが,1542年設置の最古の聖省〈検邪聖省〉の前身は13世紀の異端審問所である。聖省の数は1842年には最高28に達した。裁判所は12~15世紀に,諸官署は4~16世紀にかけて成立し,最古のものは教皇官房庁で,官房庁の名称は11世紀のものだが,その前身は図書・文書館長を兼任した4世紀の尚書長である。
ローマ中心主義に対する世界主義,官僚主義に対する教会司牧中心主義,現代化,合理化を目ざした1960-70年代の改革の結果,教皇庁の組織は現在次のようになっている。教皇庁組織の末尾の官署の一部でしかなかった国務省が,教皇官房庁や教皇授恵庁を吸収して全組織の先頭に立つ強力な機関となった。国務長官は,教会の内務を扱う国務省長官と同時に教皇庁外交を扱う(かつての教会特別問題聖省を引き継いだ)教会外務評議会の長官を兼任することによって外相兼任の首相となった。〈教理〉および〈司教〉両聖省のメンバーでもある国務長官は一方では必要に応じて各聖省の長官を招集して聖省間の調整をはかり,また全世界の約100の司教協議会と約2400の司教区との連絡をとり,他方では100名の教皇大使Nuntius,14名の教皇使節Delegatus,そして国連,ユネスコ,国連食糧農業機関,国際原子力機関など各種国際機構や国際会議への代表やオブザーバーによる教皇庁外交の枢軸役を果たす。枢機卿と司教から成る聖省は,〈儀礼〉〈教会特別問題〉〈サン・ピエトロ大聖堂〉の解消と〈礼部〉の分割および一部合併によって12から次の九つに減少した。(1)かつての〈異端検邪〉にかわる〈教義〉,(2)司教区の統廃合・設置などを扱う〈司教〉,(3)〈東方教会〉,(4)〈礼部〉の一部〈典礼〉と〈秘跡〉を合併した〈礼拝〉,(5)〈聖職者〉,(6)〈修道者・在俗会〉,(7)かつての〈布教〉にかわる〈福音宣教〉,(8)〈礼部〉の一部から独立した〈列聖調査〉,(9)〈カトリック教育〉。裁判所組織は従来どおりだが,官署は教皇財務庁,教会領国財産管理局のほかに聖座経済問題局,儀礼聖省を吸収した教皇宮廷局,中央統計局を加えた5部門となった。これと関連した組織には図書館,世界最古の文書館,印刷・出版局,福祉援助局,サン・ピエトロ大聖堂管理局などがある。まったく新しいのは〈キリスト者一致推進〉〈非キリスト者連絡〉〈無信仰者連絡〉の三つの事務局と一般信徒の行政参加のための〈信徒評議会〉と〈正義と平和委員会〉である。聖書,国際神学,新ウルガタ聖書改訂,教会法・東方教会教会法改訂,バチカン公会議決定解釈,典礼,教会考古学,ロシア,ラテン・アメリカ,広報,移住・観光司牧,家庭,女性など,聖省関係あるいは独自の新旧20余の専門委員会があり,教皇学士院のほか聖書,考古学,歴史,東方学などの研究所もある。教皇庁の官報にあたるのは《聖座公報》で,各種統計は《教皇庁年鑑》に載る。
→バチカン[市国]
執筆者:澤田 昭夫
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…こうして,オックスフォード大学からケンブリッジ大学が派生し,パリ大学からオルレアン大学,ボローニャ大学からパドバ大学が生まれた(〈移住による大学〉と呼ばれる)。 大学の形成,学徒特権の確立には,ローマ教皇庁はつねに好意を示した。教皇庁は,地域教会や世俗権力への優越と教会思想の統一をめざし,早くから大学の重要性に着目し,その特権確立を積極的に支持した。…
…市国の制度と運営は29年6月制定のバチカン市国基本法,法源に関する法,市民権と居住に関する法,行政組織法,経済・通商・職業組織法,治安法などによって定められている。これらに従って行政機関,裁判所,警察が設置され,また国旗,通貨,郵便切手,放送局,鉄道を有しているが,もともと市国の諸法の多くはカノン法に根拠をおいて制定されており,組織的に教皇庁と不可分の関係にある。市国の行政は教皇庁国務省の管轄下にあり,また外交に関しては教皇庁外務評議会がその担当機関で,国連ではバチカン市国の名の代りに聖座The Holy Seeの名称が使われている。…
…ローマ・カトリック教会の総本山サン・ピエトロ大聖堂に隣接するローマ教皇庁の中心建築。大小20の中庭を介して連なる複雑な建築群から構成され,教皇館Palazzo Pontificio,システィナ礼拝堂,美術館(バチカン美術館),図書館(バチカン図書館)等の重要施設を含む。…
※「教皇庁」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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