山川 世界史小辞典 改訂新版 「プラハの和」の解説
プラハの和(プラハのわ)
プロイセン‐オーストリア戦争の結果,1866年8月に成立した和約。ビスマルクは将来オーストリアを敵に回すことを恐れ,オーストリアから寸土の領土も獲得せず,ドイツ連邦からのオーストリアの排除,シュレースヴィヒ‐ホルシュタインのプロイセンへの併合,若干の償金を要求したにすぎなかった。
出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報
プロイセン‐オーストリア戦争の結果,1866年8月に成立した和約。ビスマルクは将来オーストリアを敵に回すことを恐れ,オーストリアから寸土の領土も獲得せず,ドイツ連邦からのオーストリアの排除,シュレースヴィヒ‐ホルシュタインのプロイセンへの併合,若干の償金を要求したにすぎなかった。
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半夏ともいう。七十二候の一つで,本来は夏至後 10日目から小暑の前日までをいったが,現行暦では太陽の黄経が 100°に達する日 (7月1日か2日) を半夏生とし,雑節の一つとして記載している。この頃半...