山川 世界史小辞典 改訂新版 「プラハの和」の解説
プラハの和(プラハのわ)
プロイセン‐オーストリア戦争の結果,1866年8月に成立した和約。ビスマルクは将来オーストリアを敵に回すことを恐れ,オーストリアから寸土の領土も獲得せず,ドイツ連邦からのオーストリアの排除,シュレースヴィヒ‐ホルシュタインのプロイセンへの併合,若干の償金を要求したにすぎなかった。
出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報
プロイセン‐オーストリア戦争の結果,1866年8月に成立した和約。ビスマルクは将来オーストリアを敵に回すことを恐れ,オーストリアから寸土の領土も獲得せず,ドイツ連邦からのオーストリアの排除,シュレースヴィヒ‐ホルシュタインのプロイセンへの併合,若干の償金を要求したにすぎなかった。
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七種とも書く。春の七草と秋の七草とがある。春の七草は「芹(セリ),薺(ナズナ),御形(おぎょう,ごぎょう。ハハコグサ),はこべら(ハコベ),仏座(ほとけのざ。現在のコオニタビラコ),菘(すずな。カブ)...