ベネズエラ干渉

山川 世界史小辞典 改訂新版 「ベネズエラ干渉」の解説

ベネズエラ干渉(ベネズエラかんしょう)

1899年に発足したベネズエラのシプリアーノ・カストロ政権は,内戦によって被害を受けた外国人資産の賠償を拒否したことから,1902年イギリス,ドイツイタリアがプエルト・カベリョとラ・グアイラの両港を封鎖する事件が起こり,国際裁判に発展した。アルゼンチンの外相ドラゴは,外国企業は受け入れ国の法を遵守すべきという同国の法学者カルボの考えに沿い債務取立てを理由とする武力行使は主権侵害である(ドラゴ条項)と批判した。アメリカの調停により,ベネズエラ側が事実上勝訴した。

出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報

「歓喜の歌」の合唱で知られ、聴力をほぼ失ったベートーベンが晩年に完成させた最後の交響曲。第4楽章にある合唱は人生の苦悩と喜び、全人類の兄弟愛をたたえたシラーの詩が基で欧州連合(EU)の歌にも指定され...

ベートーベンの「第九」の用語解説を読む