改訂新版 世界大百科事典 「国際裁判」の意味・わかりやすい解説
国際裁判 (こくさいさいばん)
国家間の紛争に際して,国際法に基づいて設置される裁判機関が,原則的に国際法を基準として審理を行い,当事者を拘束する判決を下して紛争を解決する手段。国際裁判が国内裁判と本質的に異なる点は,その社会的基盤の相違に起因する。国際社会の多元的権力構造のもとで,国際裁判は,紛争当事国の同意を基礎とするという本質をもち,国内裁判のように,国家権力を背景として設立された裁判所が,当事者の意思にかかわりなく,権力的に紛争を管轄するといった権威的性格をもたない。国際裁判には仲裁裁判と司法的解決(司法裁判)との2種があり,両者の根本的な差異は裁判所の構成にある。仲裁裁判は,紛争の発生ごとに当事者の合意によって選ばれた裁判官による裁判であり,司法的解決は,国際司法裁判所のように,あらかじめ選ばれた裁判官によって構成される常設の裁判所が行う裁判である。
国際裁判が国際紛争の平和的処理方法として利用されだしたのは19世紀以降のことで,当初の裁判形態は,その都度構成される個別的な仲裁裁判である。20世紀に入って,仲裁裁判のほかに,より整備された司法的解決の制度が発達してきた。1899年の国際紛争平和的処理条約により,常設仲裁裁判所(PCA)が設立された。しかし,この裁判所は,裁判官を常置せず,裁判官名簿を作成しておくにすぎないものであった。その後,常設的な裁判所の必要が認識され,1907年に仲裁司法裁判所の設立が企てられたが,裁判官選任方法につき各国の一致をみず,結局失敗に終わった。第1次大戦後,真に常設的な裁判所で,普遍的なものとして,常設国際司法裁判所(PCIJ)が設置され,第2次大戦後にこれを継承したのが国際司法裁判所(ICJ)である。このほか,特別の裁判所として,1907年に立案された国際捕獲審検所(捕獲),08年から10年間存続した中米司法裁判所,第1次大戦後の混合仲裁裁判所,第2次大戦後に戦争犯罪人処罰のために設けられた国際軍事裁判所および極東国際軍事裁判所があり,また48年のジェノサイド条約では国際刑事裁判所の設置が予定され,2003年オランダのハーグに設置が実現した。なお,1996年国連海洋法条約発効に伴い,ハンブルクに国際海洋法裁判所が設置された。
裁判所の構成
仲裁裁判所は,当事国の合意によって構成され,裁判官が1人の場合と複数の場合とがある。複数の場合は3人または5人で構成するのが普通で,当事国がそれぞれ同数の裁判官を選び,残りを合意で選任する。常設仲裁裁判所の場合,当事国間に特別の合意がなければ,当事国がそれぞれ2人ずつ裁判官を指定し,これら4人の裁判官が合同して1人の上級裁判官を選定する。当事国が合意すれば,3人からなる簡易裁判部を構成することもできる。国際司法裁判所は,15人の裁判官で構成される。その選任手続は指名と選挙の2段階からなり,まず,常設仲裁裁判所の国別裁判官団が4人以内の候補者を指名し,次に,候補者名簿の中から,国連の総会と安全保障理事会とが各別に選挙を行い,その両者でともに絶対多数を得たものを当選とする。裁判官の任期は9年で,3年ごとの選挙により5人ずつ更新される。裁判官席の配分については明確な基準はないが,実際には政治的・地理的基準により行われる(欧米5,東欧2,ラテン・アメリカ2,アジア・アフリカ6の比率)。なお,国籍裁判官制度に基づき,裁判官は自国が当事者である裁判にも出席でき,裁判所に当事国の国籍をもつ裁判官がいない場合には,その当事国は当該事件に限り特別の裁判官(臨時裁判官)を選任して裁判に参加させることができる。一般的に,国際裁判所の構成上の特徴は,国際政治状況を如実に反映し,政治的性格をもつ点にある。
裁判義務
国際裁判は,任意的裁判から義務的裁判へと発展してきた。しかし,一般的に,紛争を裁判に付託して解決すべき裁判義務は存在しない。裁判の義務化のためには,とくに独立の裁判条約を締結して当事者間の一定の紛争を裁判で解決することをあらかじめ約束する形式と,通商航海条約のような普通の条約に裁判条項を設けて同様の合意をする形式とがある。しかし実際には,裁判条約を締結しても,多くの留保を付し,裁判義務の範囲が狭められている。さらに,義務的裁判の発展のため,国際司法裁判所規程36条2項に定める,いわゆる選択条項(任意条項)の制度がある。この制度は,常設国際司法裁判所の創設過程で,一般的な強制的管轄権の提案に対する妥協案として出現したものであり,一定の紛争についてあらかじめ裁判所の管轄を受諾する旨を一方的に宣言さえすれば,事件ごとに特別の合意をしなくても,同一の義務を認める他の国家との関係において,裁判所の管轄が義務的となるという方式である。この制度のもとでも,もしすべての国が無期限でかつなんらの留保も付さずに選択条項を受諾すれば,法律的紛争に関しては全面的に裁判所の強制管轄を認めたと等しくなり,裁判義務の一般化が具現されうる。しかし実際には,選択条項受諾国の数は裁判所規程当事国の1/3程度にすぎず,とくに社会主義諸国や第三世界諸国は,裁判所に対する不信感を抱き,選択条項の受諾についても否定的・消極的な態度をとっている。また,受諾国の多くも受諾宣言に多様な期限と留保を付しており,なかには,いつでも廃棄通告ができるようにしたり,紛争が裁判所の管轄に属するか否かを自国が自由に決定しうるという,いわゆる自動的留保を付しているものもある。このように,選択条項受諾の状況はかんばしくなく,形骸化しており,裁判の義務化を基礎とした,国際社会における法の支配の確立はまだ実現されていない。
裁判の当事者
原則として国家である。国際司法裁判所は当事者能力を国家のみに限定しており,出訴資格のある国家は同裁判所規程当事国である。だが,国家のほかに,個人も国際裁判の当事者となることは理論上可能であり,実際にも限られた範囲内で当事者能力をもつ。個人の出訴権は国家間の合意に基づき認められるが,たとえば,前述の中米司法裁判所や第1次大戦後の混合仲裁裁判所では,個人の出訴権が認められていた。現在では,ヨーロッパ共同体司法裁判所(ヨーロッパ司法裁判所)の場合,ヨーロッパ共同体の機関の行為に関し個人も出訴権を認められており,また1965年の投資紛争解決条約により,投資紛争解決国際センターが設置され,締約国の国民が他の締約国との合意に基づき,調停および仲裁裁判の手続を請求する権利を認められている。さらに,国際機構は出訴権を認められていないが,国際司法裁判所の場合,国連の総会と安全保障理事会,国連のその他の機関および専門機関は,法律問題について勧告的意見要請権を付与されている。勧告的意見には拘束力がないが,〈国際連合の特権及び免除に関する条約〉などでは,裁判付託能力のない国際機構に判決と同じ結果を得させるため,勧告的意見に一定の法効果を認めている。
国際裁判の基準
原則として国際法である。仲裁裁判の基準は,当事国が条約や付託合意(仲裁契約)によって決めることであり,限定されない。国際紛争平和的処理条約では,仲裁裁判は〈法の尊重を基礎とし〉て紛争を解決する目的をもつと定め,原則的には法を基準とするが,それ以外の考慮を加えることもでき,一般に衡平による裁判に適している。他方,国際司法裁判所は,裁判所規定38条1項に定めるように,紛争を国際法に従って裁判する任務を有し,条約・国際慣習法・〈法の一般原則〉を適用して裁判を行う。〈法の一般原則〉とは,文明国の国内法で共通に認められている法原則を意味し,裁判不能を回避するために,この原則が適用される。このほか,補助手段として,判例や学説が用いられる。また,当事国がとくに合意すれば,〈衡平と善〉による裁判も可能である。
判決の効力・執行
国際裁判の判決は当事国を拘束し,当事国は判決履行の義務を負う。判決は当事国間および当該事件についてのみ拘束力をもち,英米法にみられるような先例羈束(きそく)主義は認められない。判決は一審でもって終結とするのが原則である。判決の意味や範囲に関する争いが生じた場合には,当該判決を下した裁判所の裁判で決定する。また,重大な新事実の発見を理由として裁判のやり直しを行う再審は可能であるが,裁判官が事実の認識または法規の解釈を誤ったり,裁判に形式的瑕疵(かし)があったことを理由に判決の効力を争う上訴の制度は存在しない。この点に関連し,国連の国際法委員会が発表した〈仲裁裁判手続に関するモデル規則〉では,裁判所の権限踰越(ゆえつ)や手続上の重大な違反など,形式的瑕疵の場合に限って上訴理由を認め,国際司法裁判所は当事者一方の請求に基づき判決の無効を宣言できる,と定めている。国際裁判の判決は従来からよく履行されているが,これは国際裁判が当事国の合意を付託条件にしていることによるのであって,判決がすべて履行される保証は必ずしもない。国際司法裁判所の判決執行手続についてみれば,当事国の一方が判決を履行しないときは,他方の当事国が安全保障理事会に訴え,理事会は,必要と認めるときには,判決執行のための勧告をし,またはとるべき措置を決定できる。しかし,この勧告や措置は理事会の裁量的判断で行われるため,判決執行の観点からは,完全なものとはいえない。
国際裁判は,国際紛争の平和的処理体系の中で,最も客観的・合理的な紛争解決方法である。このことは,とくに国際司法裁判所のような,常設の国際裁判所による紛争解決についていうことができる。しかし,現状では,裁判所は,超国家的機関ではなく,国家の同意を基礎として機能する国際的な司法機関であり,一定の限界性をもつ。国際社会の構造変化もあって,国際裁判に対する諸国の対応も,必ずしも同一の認識に基づいてはいない。国際社会における法の支配の確立,あるいは統合的な国際秩序の形成に向けて,国際裁判の役割は大であるが,現状では,その実現には多くの制約が存在する。
執筆者:牧田 幸人
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