ポンメルン公国(読み)ポンメルンこうこく(その他表記)Herzogtum Pommern

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ポンメルン公国」の意味・わかりやすい解説

ポンメルン公国
ポンメルンこうこく
Herzogtum Pommern

神聖ローマ帝国の北東部,ワイクセル川以西のバルト海沿岸に形成されたドイツの領邦。この地には民族移動以前に東ゲルマンの諸部族が住んでいたが,5~6世紀にスラブ人が侵入して「ポモージェ (海沿いの地方) 」の名を与えた。 12世紀前半にキリスト教化されるとともにドイツ人の植民が進み,ポーランド系の諸公は 1181年以来,帝国諸侯の地位を与えられて,領土を東に広げた。分割相続の結果,しばしば政治的に分裂し,ブランデンブルク選帝侯は,1637年公家の断絶に乗じてこれを合せたがウェストファリアの講和で商港シュテッティンを含む西部ポンメルンはスウェーデン領,東部がブランデンブルク領となった。 1720年には西部ポンメルンの一部もプロシアに併合され,1815年にはリューゲン島シュトラルズントを含むその残部もプロシア領となった。

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