マンキエ・エクルオ事件(読み)マンキエ・エクルオじけん(その他表記)Minquiers and Ecrehos Case

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「マンキエ・エクルオ事件」の意味・わかりやすい解説

マンキエ・エクルオ事件
マンキエ・エクルオじけん
Minquiers and Ecrehos Case

イギリス領チャネル諸島の主島ジャージー島の南のマンキエ,東のエクルオの小島群の帰属についてのイギリス,フランス両国間の争い。両国は 19世紀末以来争っていたが,1950年 12月,裁判による解決に合意し国際司法裁判所に提訴した。双方とも,中世にまでさかのぼる古来の原始的権原,あるいは実効的占有に基づいて領土権の存在を主張した。裁判所は 53年 11月 17日イギリスの実効的占有による権原の主張を認め,イギリスに帰属する旨全員一致で判決した。またこの事件は,決定的期日あるいは証拠許容期日 (critical date) の選択についても重要な先例となっている。

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