私法上,自己のためにする意思で物を所持することを占有という。例えばAが20年以上も前に土地を買って家を建てて住んでいたところ,隣地所有者Bから,Aが境界線を2m越境しているからとして返還請求を受け,Aとしては自分が買ったときに売主から境界線として示されたもので自分の宅地であるとして主張したが,登記簿および登記所に備付けの地図によればBの主張が通りそうだという場合がある。所有権の関係でいえば,AはBに越境部分を返還しなければならない。しかしAは所有権はなかったとはいえ,20年以上も自分の土地として使ってきた。この場合AはBの返還請求に対して取得時効(〈時効〉の項目参照)を主張しうる(民法162条1項)。法はAが越境部分を20年以上も自分の土地として,所有権にもとづいてとはいえないにしても事実上支配してきた状態に所有権取得という効果を与えている。このように自己のためにする意思をもって物を事実上支配する状態を占有とよび,上記の例のように一定期間占有を継続した者に対して所有権取得を認めるほか,占有を妨害されたときに,占有者と妨害者のどちらに所有権その他法律上その物を支配する権利があるかの判断とは無関係に,占有者に妨害を排除する権能を与えるなど,法は占有に一定の法的な効果を与えている。そして占有者は占有を妨害されたときはこれを排除しうるとするように,占有をそのような効果の法的な根拠としての側面からみるとき,これを占有権とよんでいる。沿革的には,ローマ法の観念的な所有権に対する事実的支配としてのポセシオpossessio(ラテン語)および物権を事実的支配の下にみるゲルマン法のゲベーレGewere(ドイツ語)に由来している。
占有は物の事実的な支配状態と定義されているが,物を直接に所持していない場合にも占有が認められる場合がある。例えば所有者AがBに物を賃貸して引き渡したときは,AはBを通して占有している。この場合,Aは代理人Bによって占有しているといったり(この関係を代理占有とよんでいる),Bが直接占有,Aが間接占有をしているといったりする。AもBも占有者であり,占有権を有している。なお,賃借人や運送人なども,他人の物ではあるが自己の利益において,すなわち自己のためにする意思をもって物を所持しているので占有者である。
占有権に対して,法律上,物を支配する権能としての所有権,賃借権などを本権とよんでいる。なお占有すべき権利(あるいは権限)という言葉は,賃借人が賃借権にもとづいて占有しているときのように,所有者からの所有権にもとづく返還請求(〈物権的請求権〉の項目参照)を拒否しうる根拠としての権利をさす意味に用いられる。
法が占有に与える効力としては,(1)占有訴権(197条以下。〈占有の訴え〉ともいう),(2)時効取得(162条),(3)即時取得(192条),(4)動産取引における公示力(対抗要件。178条,182~184条)などがある。
占有訴権は占有者が占有を奪われたり,妨害されたりしたときに,所有権が占有者にあるのか侵奪者にあるのか,あるいは占有者は賃借権を有しているのかどうかといった本権についての判断とは無関係に,占有という事実上,物を支配してきた状態への回復を求める根拠としておかれたものである。侵害の態様に応じて,(a)占有回収の訴え(占有を奪われたときにその回復を求める場合。200条),(b)占有保持の訴え(占有が妨害されているときにその排除を求める場合。198条),(c)占有保全の訴え(妨害のおそれがあるときにその予防を求める場合。199条)の3種類がある。占有訴権は所有権の有無など本権についての争いと無関係に事実上の支配状態たる占有を保護しようとするものである。したがって,例えば賃借権が消滅したにもかかわらず賃借人が賃借物を返還しないので,賃貸人たる所有者がかってに持ち帰ってきてしまったような場合に,賃借人からの占有回収の訴えに対して所有者は自分が所有者であること,あるいは賃借権は消滅したことを反論として主張しても,裁判所はこれを理由として賃借人の占有回収の訴えを敗訴とすることはできない(202条2項)。もっとも占有の訴えと並行して所有者が所有権が自分にあることの確認を求める訴えを起こすことはできるので,占有回収の訴えと同じ訴訟手続内でも,所有者は占有回収の訴えを棄却すべき理由としてではなく,反訴として所有権確認の訴えを起こすことができる。そうすると占有回収の訴えについては賃借人勝訴,所有権確認の訴えについては所有者勝訴となって,賃借人が回復の強制執行をしようとしても,所有権について所有者勝訴の判決があるので,結局は効を奏せず占有を回復することができない。このような結果は占有訴権の存在意義をなくして自力救済という私的な実力行使を認めることになってしまうとの懸念もある。しかし占有訴権によって所有権の有無など本権についての争いと切り離して占有を保護するのは,平穏裏に占有しているのはそれが法律上もその物を支配する権利にもとづいている場合が多いからである。しかも日本では占有訴権の訴訟も通常の訴訟手続として審理され,簡易迅速な判断をする訴訟手続がおかれていないので,上記の結果もやむをえないと解されている。事実日本では占有訴権はあまり活用されていない。
時効取得は冒頭に例をあげたが,Aが他人の土地であるということを知らず(これを善意といっている),かつ知らなかったことについて過失がなかった場合には10年の占有で時効取得しうるが(162条2項),越境のような事例ではAは登記簿や地図を十分に調べるべきで,通常過失がないとはいえないので,20年間占有することが必要である(162条1項)。この10年とか20年の占有は,必ずしもその全期間,自分自身で占有しなければならないのではなく,冒頭の設例で,A自身はまだ15年しか占有していないとしても,Aへの土地の売主が5年以上占有していたとすれば,これを合わせて20年占有していたと主張することもできる(187条)。また所有権を時効取得するためには自分の物と思って,すなわち〈所有の意思〉(162,185,186条)をもって占有すること(これを自主占有とよんでいる)が必要である。例えば管理をゆだねられて占有しているのは所有の意思のない占有であって(これを他主占有といっている)所有権を時効取得することはできない。しかし他主占有であっても,例えばAから建物の管理をゆだねられていたBが死亡し,Bの相続人たる子Cがその建物を父親Bのものと思っていたような場合,占有者がBからCにかわった点を除き占有の外形に変化がないとしても,相続によって他主占有から自主占有にかわり,Cは時効取得が可能である(この場合,占有の期間はCだけで10年ないし,過失が認められれば20年必要である)。例えばAから管理をゆだねられて占有しているBが,Aからその物を買った場合には,売買という自主占有に変更する新たな根拠(〈新権原〉といっている(185条))があるが,相続も自主占有にかわる新権原といえるわけである。
占有者は所有の意思をもって,善意でかつ平穏公然に占有するものと法律上推定されるので(186条),所有者からの返還請求に対し,即時取得や10年の時効取得を主張しようとする占有者は,自主占有であること,平穏公然に善意で占有していることはみずから証明する必要はない。また占有者は適法に占有しているとの推定を受けるので(188条),例えば境界争いで,現状と異なる境界線を主張する者が,そのことを証明しないかぎり現状が境界線として確定する。
動産取引では占有が公示方法になっている(178条が,引渡しを対抗要件としている)。不動産取引で,例えば二重売買の場合に買主相互間では登記が公示方法とされているので先に登記を得た方が勝つのと同様に,動産取引では,買主は占有を取得しておかないと第三者に所有権を主張できない。この場合の占有は間接占有でも足りる。例えばAがBから機械を買ったが引き続きBにその機械の使用を認める場合に,いったん引渡しを受けなくても,Bが以後Aのために占有すると言うだけで足りる(民法は現実の引渡しにかわる占有権の移転方法として簡易の引渡し(182条2項),占有改定(183条。上記の例はこれにあたる),指図による占有移転(184条)の三つの規定をおいている)。また運送中の商品につき貨物引換証の裏書交付を得た買受人はその商品について占有(間接占有)を取得する(商法575条)ので,民法178条の対抗要件をみたすことになる。
執筆者:伊藤 高義
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
物をある人が事実上支配している状態。すなわち、自己のためにする意思で物を所持すること(民法180条)。家屋に現に居住し、その中に家財道具を置いている場合には、家屋と家財道具を占有していることになる。
このように物を自分の支配下においている場合には、所有権、地上権、質権、賃貸権など、占有を正当化するなんらかの権利(本権)をもっていることが多い。占有は、こうした本権に基づいて物を支配している人のほか、本権がなくてただ事実上ある物を支配しているにすぎない人にも認められる点に特色がある。たとえば、泥棒が盗品をもっていたり、ある人が他人の物を誤って自分の物と思ってもっていたりした場合には、所有権取得の理由がなくても、占有者として法律上保護される。
どのような場合に物を事実上支配している状態というべきかは、社会的観念によって決められ、物理的には決められない。たとえば、店員は一時的に店の品物を自分の支配下に置くが、占有は店主にあるものとみなされる。あるいは、甲が乙に物を貸したり預けたりした場合には、乙が占有を取得するほかに、甲も乙の占有を通じて(乙を代理人として)占有しているものとされる(同法181条)。この場合、甲は物理的にはまったく物を支配していないが、占有者として保護される。甲の占有を「代理占有」または「間接占有」、乙の占有を「自己占有」または「直接占有」という。
[高橋康之・野澤正充]
物をある人が事実上支配している状態すなわち占有を法律要件として認められる物権(民法180~205条)が占有権である。占有権には次のような効力が与えられている。
(1)甲が占有している物を乙が奪って自分の支配下に置いた場合、甲は占有権に基づいて、乙に対し物の返還請求をすることができる。たとえその物が元来乙の所有物で、甲がかってに持って行った場合で、乙が実力でその物を奪い返したときでも、甲が自分に返せといえる点に特別の効力がある。現在の社会的秩序(たとえそれが不法な状態であっても)をいちおう保護して、個人が実力でこれを修正すること(自力救済)を禁じようというのがその趣旨である。前記の例で乙が自分の物を取り返すには、所有者は自分の物であるから返せということを別に裁判所に訴えるほかはない(本権の訴え)。甲の訴えを「占有の訴え」といい(同法197条)、占有を奪われた物の返還を要求する「占有回収の訴え」(同法200条)のほか、物の占有が妨害された場合に妨害の排除を要求する「占有保持の訴え」(同法198条)と、占有の妨害予防の措置を要求する「占有保全の訴え」(同法199条)の3種がある。
(2)本権の有無とは関係なしに、物を占有している者が自ら所有者であると主張している場合には、その者は所有者と推定される(同法188条)。すなわち、甲の占有する物を、乙が自分の物であると主張するには、乙自ら所有者であることを積極的に証明しなければならず、その証明ができない限り、甲は安泰だということになる(甲のほうから占有の根拠を明らかにする必要はない)。ただし、これは動産の場合にだけ当てはまることで、不動産の場合には、占有のかわりに登記がこの役割を果たすものと考えられる。
(3)ある動産を占有している甲をその所有者であると信じて、乙がその動産を買った場合には、実は所有者は丙であって甲はその借り主あるいは預かり主にすぎなかったというときでも、乙はその動産の所有権を取得する。丙は乙に所有物の返還請求はできなくなる。これを「即時取得」または「善意取得」という(同法192条)。動産を買ったり質にとったりする場合に、相手方が本当に所有者であるかどうかを調べていては取引がスムーズに行われなくなるので、真の所有者の犠牲において認められた制度で、動産の取引の安全のために重要な機能を営む。ただし、これは動産についてだけで、不動産には認められず、手形・小切手など有価証券については、前記の例の乙の立場にたつ者がより厚く保護されていることは注意しなければならない。
(4)物を長期間占有することによって本権を取得することができるという「時効」の制度も、占有権の効果の一つである。
[高橋康之・野澤正充]
物以外の財産権(債権・特許権・著作権など)を事実上支配している状態で、たとえば預金証書と印をもっている人は、預金債権の準占有者であり、準占有には占有の規定が準用される(即時取得を除く。民法205条)。また、債権の準占有者に対する善意・無過失の弁済は有効とされる(民法478条)。たとえば、銀行が預金証書と印を持ってきた人を預金者だと信じ、かつ、信じることに過失がなく金を払ったら、たとえその人が真の預金者でなくともその支払いは有効とされる。
[高橋康之・野澤正充]
『田中整爾著『自主占有・他主占有』(1990・法律文化社)』▽『鷹巣信孝著『所有権と占有権――物権法の基礎理論』(2003・成文堂)』▽『安永正昭著『講義 物権・担保物権法』(2009・有斐閣)』
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…田畑の小作で重要な意味をもつ規定であり,ここにいう権原とは地上権,永小作権,賃借権など正当な土地利用権をさす。(2)ある人が物(動産・不動産)を占有している場合,その占有を取得するに至った原因を〈権原〉という(占有することを正当とするかどうかを問わない)。地上権・質権等の設定行為,売買・貸借・寄託等の債権契約などをいう。…
…ある職の帰属をめぐって,現実の知行者=〈当知行〉者(A)と取り戻そうとする者=〈不知行〉者(B)との間に紛争が起きたとき,Bは〈Aの知行には由緒がなく,自分に知行すべき由緒がある〉という趣旨の請求をし,Aは〈自分の知行には由緒がある〉と反論して争い,裁判所は〈A(またはB)が知行すべきである〉という判決を下すのが一般的であった(年紀法)。ちなみに近代法においては,〈Aは(占有しているが)所有権者ではない,自分Bこそが所有権者である〉〈いや,自分Aこそが所有権者である〉という形の主張が対立することになる。このような場合の〈知行すべき由緒〉は,近代法の〈占有すべき(占有を正当ならしめる)権利(本権ないし権原)〉と似ているので,その限りで〈知行〉は占有possessioに類似の概念だとする学説が成り立ちそうにみえる。…
※「占有」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...
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