メーメル問題(読み)メーメルもんだい

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「メーメル問題」の意味・わかりやすい解説

メーメル問題
メーメルもんだい

第1次世界大戦後のドイツとリトアニアとの領土紛争。当時の東プロシアとリトアニアとの境界にあったバルト海のメーメル (リトアニア語ではクライペダ) 港とその背後地は,ドイツ騎士団により開拓された地域で,プロシア,リトアニア,スウェーデン,ロシアに属したのち,19世紀初頭から再びプロシア領となった。ベルサイユ条約によりドイツから切り離され,フランス軍の保護下で国際連盟に管理されたが,1923年にリトアニアにより占領され,その後国際連盟との協定によりリトアニア監督下の自治政府が樹立された。ナチス・ドイツの登場とともにメーメルのドイツ人は反リトアニア行動を強め,35年の選挙でドイツ人が市会を支配し,39年3月メーメルはドイツに併合された。第2次世界大戦後はソ連のリトアニア共和国に帰属した。

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