ラロシェル攻囲戦(読み)ラロシェルこういせん(その他表記)Siège de La Rochelle

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ラロシェル攻囲戦」の意味・わかりやすい解説

ラロシェル攻囲戦
ラロシェルこういせん
Siège de La Rochelle

1627~28年新教徒ユグノー派の籠城したラロシェルをめぐるフランス国王軍の攻囲戦。フランス大西洋岸の港町ラロシェルは 16世紀以来新教徒の重要拠点となり城塞が築かれた。 1572年サン=バルテルミの虐殺以後,この地に対する旧教派の攻囲戦 (1573) が行われたが,住民の信仰特権は保障された。ルイ 13世時代,当市は大西洋沖合いのレ島占領を試みるイングランド軍と連合し王権に抵抗。新教徒圧迫をはかる枢機卿リシュリューは 1627年8月以来水陸から大軍をもって攻囲したが,市長ジャン・ギートン (85~1654) の率いる新教徒住民はここを死守。最後に糧食が尽き,28年 10月落城した。このとき1万 8000人の住民は約 5000人に減っていた。

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