改訂新版 世界大百科事典 「ルーシーR」の意味・わかりやすい解説
ルーシー・R (ルーシーアール)
Miss R.Lucy
S.フロイトが《ヒステリー研究》の中で報告した4症例の一つ。ルーシーは当時30歳の未婚のイギリス女性で,家庭教師となってウィーンの工場主の家に住み込んでいたが,奇妙な主観的なにおいに苦しんで,フロイトの治療を受けた。フロイトは,彼女の回想をたどって分析した結果,そのにおいの背後には,彼女の心に宿った工場主に対する恋心とその抑圧が働いていること,そのにおいは,実は工場主に叱責されたときに来客が吸っていた葉巻のにおいであって,ルーシーが恋心をその葉巻のにおいに置き換え,転換させたものであることなどを見いだした。この症例を通してフロイトは,自我によって受け入れられがたい願望が抑圧され,身体過程へと転換されてヒステリー症状が形成されること,そして分析治療とは,この抑圧された願望を意識化させる操作であることを示した。
執筆者:馬場 謙一
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報