翻訳|repression
フロイトの精神分析の基礎的な概念で、自我の防衛機制のうちでもっとも基本的なもの。衝動を代理している表象やそれに結び付いた観念や記憶が意識に表れると、その代理表象を意識しないように意識から排除し、無意識にとどめておこうとする心の働きのことをいう。一般に、衝動を満足させることは緊張を解放し、快をもたらすものである。したがって、ある衝動の代理表象を無意識にとどめておこうとすることは矛盾を含むものであるが、ある衝動を満足させると、他の衝動を満足させることができなくなることがあり、こうしたときは、かえって緊張が増大する危険があるので抑圧がおこる。一方、衝動に伴っておこる情緒を抑えつけることは「抑制」suppressionとよばれ、抑圧とは別の心の働きである。抑圧は無意識的な働きであるが、抑制は意識的なものである。感情は抑制されても前意識にとどまるように、代理表象も抑圧されたからといって消滅するものではない。無意識にとどまり、絶えず意識に逆戻りしようしようとする。
[外林大作・川幡政道]
抑圧がおこるためには、心のなかに意識という体系と無意識という別個の体系がつくられていることが前提になる。この無意識がどんな性格をもつものであるかを明らかにするのが、精神分析の目的である。外国に亡命した政治犯が亡命先で援助を受けて政治活動をするのと同じように、抑圧されても代理表象は消滅するわけではないので、絶えず抑圧し続けなければならない。政治犯が亡命したからといって官憲は警戒を怠ることなく、国内の協力者との連絡に目を光らしておかなければならないのと同様である。
絶えず抑圧し続けるためには莫大(ばくだい)な心理的エネルギーを浪費せざるをえないので、精神的な消耗をもたらし、心の働きは衰弱せざるをえなくなる。こうしたエネルギーの浪費を防ぐ経済的な防衛法は、エネルギーを反対充当するものである。たとえば、子供を憎んでいる母親は、反動形成によって子供をかわいがり、憎しみの抑圧を完成しようとする。この場合、自分の子供には愛情を抱くかもしれないが、他人の子供に愛情を示すことはない。もともと抑圧はヒステリー患者に特有な心の働きとみなされたが、正常とみなされる人にも認められるもので、一般的な意義をもつものと考えられる。いわゆる心理的防衛機制とよばれているものの典型をなしているし、抑圧以外のさまざまな防衛機制においても大なり小なり抑圧の過程が含まれているとも考えられる。統合失調症(精神分裂病)のような精神病では抑圧と類似しているが、抑圧とは異なる特殊な抑圧、すなわち現実否認とか排除といわれるものがおきていると考えられる。
[外林大作・川幡政道]
『フロイト著、井村恒郎訳「抑圧」(『フロイト著作集6』所収・1970・人文書院)』▽『アンナ・フロイト著、外林大作訳『自我と防衛』第2版(1985・誠信書房)』▽『ジャック・ラカン著、ジャック・アラン・ミレール編、小出浩之・鈴木國文・川津芳照・笠原嘉訳『精神病』上下(1987・岩波書店)』
精神分析の用語で,自我の安定を脅かすふつごうな観念や衝動を無意識へと追いやる精神作用のこと。自我の防衛機制のなかのもっとも基本的なものであり,他のすべての防衛機制の前提である。抑圧は〈禁圧(抑制)suppression〉と違って,その過程それ自体も無意識的である。すなわちある観念や衝動をこれは良くないと意識的に考えて抑えつけるのではなく,その観念や衝動が心の中に存在していることそれ自体が否定される。抑圧されたものは決して消滅せず,絶えず意識へ戻ろうとするので,抑圧は一度ですむわけにはゆかず,絶えず続けていなければならない。しかし抑圧されたものはいつかは必ず意識へと戻ってくる。それがそのままの形で戻らないで,自我の抑圧する力と妥協し,歪められた形で戻ってきたものが神経症の症状である。抑圧の理論は精神分析理論の礎石であり,患者が何を抑圧しているかを発見し,抑圧を克服することが精神分析療法の根本である。
→防衛機制
執筆者:岸田 秀
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…たとえば,大腸菌などの微生物におけるL‐イソロイシンの生合成を研究していたアンバーガーH.E.Umbargerらは,この代謝経路の初発段階としてのL‐トレオニンの脱アミノ反応が,最終産物であるL‐イソロイシンによって特異的に阻害される事実を発見し,また,パーディーA.B.Pardeeらは,トリプトファンやCTP(シチジン三リン酸)の合成経路で同様なフィードバック制御が働いていることを見いだした。オペロン説における酵素合成のリプレッションrepressionは,ある物質の生合成に関与するすべての酵素タンパク質の生合成が,最終産物によって抑制される現象であるが,上記のフィードバック阻害は,初発段階に位置する酵素の活性のみが,最終産物によって阻害されることを意味する。上述の例においては,トレオニン脱アミノ酵素の活性はL‐イソロイシンにより,またアスパラギン酸カルバモイルトランスフェラーゼの活性はCTPによって可逆的に阻害されるが,第2段階以降の酵素の活性はまったく影響されない。…
… 防衛機制にはさまざまなものがあるが,どの防衛機制をもっぱら優先的に用いるかによって,個人の性格も違ってくるし,防衛機制が破綻したときに(防衛機制はもともと不合理なものだから,成功したとしても一時逃れだが)生じる精神疾患の種類も違ってくる。たとえば〈抑圧〉とヒステリー,〈反動形成〉および〈分離(隔離)isolation〉と強迫神経症,〈投射(投影)〉とパラノイアは関係が深いといわれる。防衛機制のもっとも基本的なものは,自我を脅かすふつごうな観念や感情を無意識へと追いやる〈抑圧〉であるが,抑圧したからといってそれらの観念や感情は消滅しないので,さらにいろいろと防衛機制が必要となる。…
※「抑圧」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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